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Author:rfuruya4
ブログ、生活の一部になっています。
バイクの世界に永くいました。若い人好きです。
75才、年寄りですが、まだまだ夢もあります。


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昨日もいろいろありました。
今日は淡路に潮流発電の新しい事務所を観に行きます。

http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/ee8ddc90a28ace652c4e3975c67b95f7

ずっと続けているツイッターのフォロワーは4000人を超えました1万人が見えてきました。

http://rfuruya2.exblog.jp/

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GWも今日で終わり、あっという間であった。

あまり外にも出れないので家でバラの手入れなど、
ちょっと散歩に行った程度、
毎日が連休みたいなものだから、気楽である。

今年ももう少しでバラの季節である。
家のバラの写真を撮ってみた。
もうあと10日ほどである。
咲き出せばいっせいに咲き始める。

http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/8159154510a65cd6a26fa787635287fc


休みの間、ツイッターで遊んでいたら、
フォローしてくれる人が1800人にもなった。

ブログのアクセスのその性か、ぐっと増えた
個人で1000人以上の人に情報発信できる術はツイッターぐらいしかない。
先ず、2000人を突破して、近い将来1万人を狙ってみたい。
多分実現するだろう。

http://rfuruya2.exblog.jp/14311227/

昨日の一日


今日から世の中はGWのはじまりですが、
毎日がGWの年金生活者の私は、この時期は家で静かに過ごすことにしています。

昨日は、珍しく神戸で午前も午後もぎっしりのスケジュールでした。
ひとつは
『赤タンクのカワサキ時代』の雑誌社の取材、もう50年前の思い出話です。

もうひとつは
今からの『夢の話』
まだ、具体的な内容はかけませんが、なかなか面白い話です。

http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/3f8134a7266d27e9aec5e33c035dff4d

どんな進展になるのでしょうか?





忙しかった1週間

★最近、あまり忙しかったと思うことはなかったのだがこの1週間は『忙しさ』を久しぶりに実感した。

『忙しい』と言うことはいいものである。
生活のリズムがいつもと違って、精神的にも肉体的にも緊張感があったのがよかったのか、
結構、ご馳走を食わして貰ったのに、この1週間で体重が2キロほど減って久しぶりに70キロ台を記録したのである。


★NPOの新年会も、カワサキファクトリーのOB会も、平井、山本、渡部と私の4人は一緒に出席で、考えてみると今のいろんな生活がレースを原点に展開しているのかもしれない。

月に1回の昼の飲み会には高橋、田崎さんが一緒だし。
大槻さん主宰のゴルフZ1会には
歳森、金谷、清原、飯原、塚本、梁、藤原、渡部、君もおり今回から平井、杉尾君も加わることになったのである。


久しぶりに会ったレース仲間は本当に良かった。
和田君からもブログにわざわざコメントを頂いたし、いろんな方からコメントを頂いた。

この機会についでに記録に残しておこうと書いたレーススタート時のブログは、
ダートヌポーツ』が、

その「ピックアップサイト」に『『カワサキモトクロスの歴史』と題して紹介して頂いた。

お陰さまでここ1両日、アクセスは大幅にアップしている。
多分、多くのバイクファンにもカワサキファクトリーのOB会の情報は伝わったはずである。

業界紙誌の取材もあったので、多分そちらでも紹介されるだろう。


★レース関係のイベントが無事終了して、叉もとの生活に戻った。
こちらは、どちらかというと、

NPO The NPO The Good Tkmesが中心である。23日には東京で関東の新年会があったのだが、流石に出席はできなかった。12名のバイク中心の仲間が集まって賑やかだったようである。

こちらは、『潮流発電』中心である。
昨日はこの関係で鉄人28号との話もあったし、読売の夕刊には大きな記事が出たとか。
この週末には、ある社との会合もある。政府筋への申請手続きなど、なんとなく忙しくなってきた。

みんな夢のある話なのだが、今後どんな風に動くだろうか?
忙しくても張りがあることはいいことである。


にほんブログ村 シニア日記ブログへ最後までお読み頂いて有難うございました。
お手数ですが、ちょっとクリックして頂けますか?








週末です。
今日は、神戸のメリケンパークである、ミニSLのイベントを観に行く予定です。

この1ヶ月、ほんとにいろいろありました。
久しぶりに、日程通りに動かねばならないことが続いて、どうなることかと思っていましたが、無事何とかなってやっとほっとした週末です。


NPOのことで、東京にホームページの打ち合わせに行ったのがちょうど1ヶ月前でした。
でも、考えてみると運がよかったと思います。
若しホームページの今後の管理運営がスムースに行かないと、それは即、NPOの運営が上手くいかないことに繋がると解ったのは、ごく最近の話です。

たまたま、ホームページ制作の担当をしてくれた松島企画の『まっしま』さんが、8耐にも出場したライダーだったりして、気安く何事も頼めたのは幸いでした。
会員カード関係も、それを送るシステムも、これは気心の知れた昔の仲間なので、ほんとにスムースに行きました。

このNPO法人は、『ホームページと会員カード』以外は、ほとんど経費は発生しません。
ただ、資本金のない特定非営利活動法人ですので、立ち上がりの「準備費用=ホームページと会員カード代」をどうするかがキーでした。
約50万円弱掛かったのですが、何とかその費用は捻出できましたので、後はのんびり行って大丈夫です。
スタート前に、参加頂いた団体会員と個人会員の方のお陰です

NPOの立ち上がりの法務局の登記や、各役所の届けなど、一切独りでやりました。
若い頃、独りでやった仕事が多かったので、そんな経験が役立ちました。
少々年は取りましたが、やればできるものです。



そんな忙しい最中に、また新しいことに出会いました。
どうなるか解りませんが、NHKのBS1でも、今月特集の組まれた潮流発電です。
三木の方ですが、NPOの協賛会員になられたので、ご縁ですから、及ばずながら応援したいと思っています。これが若し動いたりすれば、大ニュースです。

三木おもろいわ』という新しいブログが立ち上がりました。
三木JCの勉強会でいろいろ構想が出たので、『そんなの、考えとらんとまずスタートしてから、走りながら考えればいい』とハッパをかけたら。ほんとにさるとるさんはすぐスタートしました。 至極順調です。

ちょうど、20日ほど前に、吉川に黒大豆の苗を植えに行きました。
帰りに、4月にオープンしたcafe' かのん さんに立ち寄りました。
昨日は吉川方面に 夢を植えてきました』と題したブログをアップしています。
そのブログに書いた夢 『The Good Times ロード』は、三木セブンハンドレッドも、風雅舎もそして昨日、cafe'かのん さんもみんな仲間になりました。



新しい若い人にも、出会いました。
暖談師 山岡竜馬』 さん、彼は既に仲間です。
三木のキャンドルナイトで出会った加古川の『TOZYさん』そんな有名人とは知りませんでした。

充実した、1ヶ月だったと思います。

人を見る目

人は人をなぜか評価したがるものである。
いい面も悪い面も、目に付く。そして『これは』と思う人も見つけるものである。

ずっと永く生きてきて、
いろんな人と出会って、いろんな風にその人を評価して、その結果いろんな人生が生まれる。

私自身、そんな『人を見る目』は、ちょっと普通の人とは変わっていると自分でも思っているのだが、
勝手に『そんなに間違ってはいない』などとも思っている。

会社生活も長く経験したが、どうも一般に会社の『人を見る目は』あまりまともではないと思ったりしている。
なぜか、私の評価とは違うのである。自分の思いと違うからおかしいというのではなくて、何十年もたった今、やはりそんな風に思ったりする。

私の選んだ人は、みんな結構『いい奴』である。



スポーツは好きである。
若い選手がどのように伸びるのか。
そのセンスや素質を見抜くのも楽しみである。
ある意味『人を見る目』を試されているようなものである。

今年、密かに自分自身で喜んでいるのは、サッカーの内田篤人を見つけたことである。
この夏、神戸であった反町ジャパンのオーストラリア戦、殆どの選手が始めてみる選手たちであったが、『内田がいい』と思った。どこが何がというほどサッカーに詳しくないが、兎に角『これはいい』と思った。
その後、A代表にも定着して、内心ほんとに喜んでいる。

野球選手では、旧い話だが、
掛布がまだピンチヒッターで登場しだした頃、これはいいと思った。
新庄が誰かの怪我でサードで登場したとき、これもいいと思った。
もっともっと、旧い話、
吉田義男のいた京都の山城高と豊岡で試合をしたとき、初めて吉田を見た。
無茶無茶大柄の4番、5番とクリーンアップの3番を吉田が打っていた。体が小さかったから余計に目立った。守備はそんなに印象に残っていないがバッテイングは素晴らしいと思った。

今朝の新聞、『内田篤人』の囲み記事が出ていて、
こんなこと、自分で密かに悦にいっている日曜日の朝である。

昭和20年8月15日、私は中学1年生であった。
夏休み中で学校のプールに泳ぎに行っていた。

韓国の京城、今のソウルにいた。
天皇陛下の玉音放送を運動場の炎天下で何事かと気をつけの直立不動の姿勢で聞いた。
ラジオの声はよく聞こえなかったが、何となく『戦争に負けた』ということが解った。

外地での戦争体験は、何不自由なく、空襲はあったが爆弾も焼夷弾も落とさない偵察のようなもので、食糧事情も良くて普通の生活が続いていた。
ただ、小学校の5年くらいから教練まがいの訓練があって、
中学1年の夏休み中の宿題に『そもそもわが国の軍隊はーーーー』に始まる長い長い軍人勅諭の暗記が出ていて、そろそろ覚えないとと思っていた時の終戦であった。

お陰で、全然軍人勅諭は覚えていない。


戦争体験のある世代もだんだんと少なくなってきたが、
私など戦争体験と言えるようなものは何一つ無い。
ただ、中学の上級生は学徒動員で出征するのを送りに行ったりはした。
『お国のために立派に死んでこいよ』と何の疑いも無く見送りの下級生は叫んでいた。

そんな時代だったのである。
国のために戦うと言うことについては、みんながそう思っていた。
そんな教育だけは、内地よりも進んでいたかも知れない。


内地、今の日本をそんな呼び方をしていたが、内地は空襲で大変だったと言うのは何となく聞いていた程度である。
明石の空襲では、叔父と叔母が無くなった。
ビルマの戦争で母方の伯父が戦死した。

戦争は大変なことだと思ってはいたが、本当にそう思い出したのは、昭和20年終戦の年の12月に明石に引き揚げてからである。
小学生の低学年のころ帰省して、知っていた明石はそこに無かった。

見渡す限り焼け跡だった。
本家の庭には1トン爆弾が三つも落ちて、直径20メートルほどの円錐形の池になって水がたまっていた。
焼夷弾は、数えることが出来ないほど地面に突き刺さっていた。

米も無く、闇米が1升100円もしてびっくりした。
朝鮮では1斗100円だったのに。
そんな高い米が食えるわけは無く、なんば粉のパンやサツマイモなどが主食であった。
中学時代に腹いっぱい飯を食ったのは覚えていない。
高校になって野球部の夏の合宿が初めてだったような気がする。
2年のとき北陸に遠征に行ったらお土産に米を1升ずつ貰って、大事に持って帰った。

そんなまさに廃墟から日本は立ち直ったのである。
いろんな経験をした。
一生のうちにこんな経験をすることは、これからの世代には不可能だと思う。

戦争は大変である。
平和のあり難さに慣れてしまって、いまさら感じないそんな世の中である。
現役時代、『ブレーンと機関車』の役割ばかりをやってきたように思う。
新入社員の頃から、上司がやったことがないことばかりを探してやってきたので、下っ端ではあったが『ブレーンと機関車』を同時にこなせたのだとと思う。

入社して、2年目に取り組んだのは、『償却物件の償却計算のIBM化』だった。
1958年ごろだから、普通一般の大企業にもIBMなどなかった時代である。
当時のカワサキ航空機には米軍が駐在していてIBM室があったのである。

タイガー計算機を1年中回して7,8人が計算をしているのは無駄だと思った。
1年掛かってコード化などに取り組んだ。
兎に角JET以外の一般でははじめての機械化であったので、教えてくれる上司など居なかったのである。
このシステムが出来たら7,8人の計算屋が要らなくなって、自分自身が単車営業に転籍する破目になったのである。


それからは単車一筋だったが、これもエンジン製造はしていたが、会社が事業として本格的に取り組むのははじめてだったので、経験者など一人も居なかったのである。
先生は全て、社外の人だった。物怖じせずに何度もホンダさんに教えて貰いに行っている。
社内に戻ったら、若いくせに先生、指導者の立場であった。

新しいことは、『すぐお鉢が回ってくるようになった』
そんなことに慣れてしまうと『新しいことをやる』のに何の抵抗もなくなって、『厚かましくなってしまう』
決して物怖じなどしないのである。

事実、そんなに無茶苦茶な失敗などなしに過ごせた。
経験を積むうちにカンが働いて、『リスク管理』はそれなりに出来るようになると思う。



定年になって、『傍観者の立場』になった。
これも結構、楽しく面白い。『時間を持て余す』ことなど一切なかった。
時間を潰す面白いことを見つければいいのである。

『薔薇』など最高であった。
1年中、することがある。やればちゃんと結果で報いてくれる。
70本も植えると、シーズンには結構見物人も来られて、楽しい自慢話が出来る。
『薔薇は難しい』などと言う神話があるので、余計である。
『難しい』ことなど何もない。ただすることをちゃんとすればいい花は咲くのである。


2年ほど前に、ひょんなことから三木の市政に関心を持ち出して、『フレーン』の立場に徹して、市長メールなど出していたのだが、お役所の考え方にはついていけずにギブアップ。
少し関係のある面白いことをと思っていたら、ブログやSNSに出会った。

同時に、人とも出会ってまた面白そうなことが、ゴロゴロしているに気がついた。

ちょっと色気を出して、『どこ竹の竹とんぼを飛ばそう会』などコミユニテイを立ち上げ、この2ヶ月間久しぶりに『ブレーンと機関車』をやってみた。
『ひょこむ』や『どこ竹』といういい仕組みのお陰で、何とか上手く成功した。



今後は、組織の方たちや市民活動をやりたいと思っている方たちにお返しして、
元の『ブレーンと傍観者』に徹したいと思っている。


「竹とんぼ」や「ミニSL」などモノにはあまり関心はないのである。
『二輪車』という50年付き合ったバイクにも、モノそのものには関心は殆どなかった。
それに拘っている『人』や『システム、ネットワーク』などには、今でも『人一倍』関心を持っているのである。


全面株安

株については、あんまり興味がない。

株は持っているのだが、現役時代に毎月給料から引かれる従業員株式制度でのなかで溜まったものだから、幾らで買ったと言う感覚もない。



売る気もないし、買い増したりする気もない。
株価が上がっても下がっても、評価額が上下しただけと受け止めているので、そんなに株価が気になったり今幾らになったと新聞を見ることもない。

でも、この株安は、株を動かしている人にとっては大変だろうと思う。

こんなときはどんな風に対応するのだろう。

つい、1週間ほど前だったか、証券会社の人が、中国株は今底だと思うから買いませんかなどと言ってきたが、、今朝中国株もまた下がったとか言っている。
結局予想でモノを言っているのだから、当たる場合も外れる場合もあるのである。

鳩山さんがテレビで40億損したとか言っていたが、悠然としていた。
金額の多寡に拘らず、悠然と出来る人はいいが、大変な人もいるはずである。

どんなことになるのだろう。
ただ、何年前だったか、7000円時代もあったのである。
それに比べると、まだ倍に近い。

年の瀬

もう本当に押し詰まった。

今年を振り返り、来年はと気を新たに誓いを立てる。

毎年大なり小なりそんなことを繰り返してきたが、この年末の来年に懸ける期待は久しぶりに大きい。
夢と自分で呼べるものを見つけた。

それを昔からの仲間と一緒にやれる楽しみは本当に大きい。

ひょこむに立ち上げた「カワサキワールド」が来年どんな形になっていくのか。
これは、来年は面白そうだと自分では思っている。

そんな自分自身の夢みたいなものを持って、年を越せるのは幸わせである。
いいお年をお迎え下さいと自分自身に言いたい気分である。

私とSNS

SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)、この言葉に初めて出会ったのは昨年夏、
確かmixiの上場が話題になっていた頃である。

その頃はまだ若い人たちでも、SNSもmixiも知らない人も多かった。
1年経って様変わりである。
当時500万にもいると騒がれたmixiは今1300万人になった。
日本全国にありとあらゆるSNSが設立されている。

当時から関心あったのだが、紹介がないと入れないのでそのままになっていた。
今年の夏にある人の紹介でmixiにジョインしたのだが、正直ついていけなかった、
9月になって、兵庫県が地域振興を目的にした「ひょこむ」というSNSに紹介をされて入れて貰った。

具体的な活動を目的にシステムが作られているので、非常に使い勝手がよかったし、機能のレベルも高く、はまってしまった。
12月になってふとしたことから、この中に「カワサキワールド」というコミユニテイを立ち上げた。

10日のことである。まだ半月ほどだが至って順調である。
私の50年のカワサキでの人脈や、この1年ブログでであった人たちの中から順次ご招待をしている。
非常に広い範囲から、その道一流と自他共に許すユニークな人たちが多い。

現役の最後の頃、
カワサキに関係するユーザーからメーカー、業界まで、「共感ネットワーキング」を基本コンセプトに広範囲なネットワークを創造しようと企図していたが、時間切れでリタイヤしてしまった。
その頃は、こんなにいいインターネットの仕組みもなかったが、ひょっとしたら遣り残した仕事が出来るかもと、そんな夢みたいなことを思っている昨今である。





今日は、最後のゴルフです。

今度は、今度はと思いながら、とうとう最後になりました。
今年のゴルフのスコアの目標は、「エイジシュート+10」=74+10=84 ですが、まだ達成しておりません。
ちなみに、昨年は80も81もあったのですが。

今日は、確り頑張ってみます。

今日は、結婚記念日でもあります。
世の奥様方は、旦那が結婚記念日を忘れて怒られると聞きますが、
家内は、毎年忘れています。私はずっと日記を書いていますので忘れたりはしません。

若い頃は、クリスマスと一緒に出来て、都合のいい結婚記念日だったのですが、夜外出をすることが極端に少なくなった昨今は、あまり都合のいい日でもなくなりました。

今朝、「今日は結婚記念日だよ」というと「何か美味しいものでも、食べに行こうか」と答えてくれましたが、
どこか近所のお店ぐらいです。飲酒運転も出来ないし。

そんな、枯れた結婚記念日です。
それよりも、ゴルフのスコアのほうが気になっています。

人生、六春

人生には、六つの春がある。

そんな風に書かれている書を見つけてきた。
昨日行った、よかたん温泉の風呂場の壁に、立派な字でそれは書かれていた。
「幼、少、青、壮、熟、老、」その六つの時期にそれぞれの春があるというのだろう。

もう、六つのうちの四つではないことは確かである。
熟年と言いたいが、少しおこがましい気もする。
と言って、静かに余生を暮らす老人の境地でないことも事実である。

老人にしては、「活発過ぎる」と自分でも思っている。

振り返ってみると、
幼年時代は、今のソウルで暮らした。戦時中ではあったが非常に豊かな生活であった。身内には別荘もあったし、クルマもあったし、プールを私のために伯父が造ってくれたりした。

少年時代は、戦後引き上げて一転苦しい生活であった。
旧制中学神戸一中の最後の学年で、中学2年までは猛烈に勉強をした。私の学生生活の勉強はそこで卒業した。
それ以降学生時代に勉強をした記憶はない。だから学歴は自分では中卒と思っている。
それ以降大学までは、野球に熱中した。甲子園も経験した。

青年時代、いつ頃からそう呼ぶのか。
会社に入ってから、女性に凝った、今の家内である。
仕事では償却計算のIBM化をやった。
続いてカワサキのレース、広報関係。
どれも会社で経験者が居なかった分野である。教えてくれるのは他社の人であった。
そのあと仙台で営業担当し事務所を一人で立ち上げて代理店営業を学んだ。

壮年時代、大阪万博の年ぐらいから。
カワサキも実用車からスポーツモデルへと転換して、市場の日本の田舎から都会へ、そして世界へと広がった。
この時期から、ネットワークには関心があった。国内の特約店制度、海外のCKDなどこれもみなカワサキには前例のない初めての仕事であった。
そのあと、カワサキは事業を拡げすぎて再建時代に入る。
最初は国内の再建をそして、事業部の再建という地味で苦しい仕事を担当した。本社うぃはじめ周囲の協力でどちらも上手くいった。

熟年時代、これは一言で言えば「ネットワーク」で代表されている。
国内市場を担当したが、
「共感ネットワーキング」を基本コンセプトに、今までの経験を生かしたネットワークを造っていった。
自然に売れる仕組み、仕組みでモノを売り、みんなと楽しめる世界の創造に務めた。
Kawasaki Let the good times roll を基本理念とした、そんな活動である。

今の生き方も、その延長だと思うので、自分では「熟年」だと、勝手に思いたいのである。

老年時代は今からである。
バラや囲碁はその分野かも知れない。
老年時代が始まっているのも間違いない事実である。


なぜか調子が悪い

昨夜、胃がおかしかった。
こんなことは滅多にないのである。そんなに油気のものをたくさん食った覚えもないのに、気分が悪くて夜中に戻したりした。

この数年、本当に健康で風邪一つ引いたことはない。
それなのに、朝目覚めてからも何となく下半身に力が入らない。

実は今日ゴルフであった。
それも会社の後輩たちとのコンペで、私が一番年長者であるので、気を使ってゴルフ場までは顔を見せた。

今日は止めると決断して、道具も持たずに出かけたのだが、
キャンセルフィーは覚悟していたのに不要だという。
儲かった感じになった、

そんなに外観がどうのと言うこともないので、後輩たちはしきりに大丈夫ですよの連発である。
道具を持っていっていなくてよかった。

帰宅して、土曜日の防災公園のウオーキングに参加し、あとは家で静かに過ごした。

土曜日の朝

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毎週土曜日の朝、9時から近くの防災公園のスポーツエリアを歩くことに決めた。先週からである。
一緒に歩きませんかと呼びかけもして、先週は10人ほどの仲間が集まった。今週は2週目だが、先週集まった仲間は都合が悪くて集まらなかったが,私は独りで出かけた。
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素晴らしい天気のもと丁度1時間ほど歩いたが、ゴルフ場が三つも入る広大な防災公園の一部を歩いたことになる。
何人かの方がジョギングやウオーキングを楽しんでいた
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野球場ではもう沢山の中学生たちが練習を始めていたし、サッカー場では試合が始まる直前であった。
どちらも本格的な施設で、こんな贅沢なグランドでプレーが出来る今の人たちは羨ましい。
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ここの散歩道は本格的なジョギング用の柔らかい舗装になっていて歩いていても、膝などへの負担が少ないだろうと実感できる。
未だ、行ったことのなかった自然体験の森ゾーンの北のほうに歩いていたら、先日知人が言っていた「どっこいさん」に巡り会った。
ここに行き着くのは、なかなか難しい。
気ままな一人歩きでの収穫であった。

この辺りはまだ整備の途中のような状態だが、昨今言われている県の財政状況では完成することはないのではと思う。
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