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rfuruya4

Author:rfuruya4
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朝日新聞は伝えられていたように今朝から字も少し大きくなり段数も変わってすっきりした。

文字が大きくなり形が正方形に近づき、一行が長くなって13文字になったようである。
確かにすっきりした。
57年ぶり紙面変わると報じている。

最近は目がもう一つなので字が大きくなるのは助かる。


そんな新聞の紙面には、道路財源一般化賛成58%と見出し、明日からガソリン税が下がるとか。
ようやく道路族などと言う言葉ともお別れかと思ったりする。

スポーツ欄は、阪神3連勝、巨人3連敗。
福原の完投完封の1勝は凄い。

ヴィッセル神戸が2位にいるのも不思議である。

更に、大阪府改革人件費380億円、事業440億円減ともある。



世の中は大体4月1日の年度替りから新しいことは始まるものなのに、新聞は何故3月31日からかと、詰まらぬことを思っている。

若し、4月1日なら 『エイプリルフールの記事ではないか』 と思うようなことばかりが並んでいる。


世の中も新しい時代に入りつつあるのか。
『エイプリルフール』 みたいなものなのか。

新しい春の息吹を感じている。
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毎日、ブログを書いている。曲がりないに自分の意見を言っているのだが、新聞などの論調と異なることもある。

だけど、出来る限りホンネで物申している積りである。
だからそれがあたれば、非常に気持がいい。

これなどは、『気分のいい』見本みたいなものである。
『そのまんま東』が知事になった昨年1月、新聞の論調はみんな斜めから見ていた。全体に好意的ではなかった頃である。

まだ『東国原』よりは『そのまんま東』のほうが馴染めた頃であった。


こんな風に、ブログに書いている。


『そのまんま東が宮崎県の知事になった。

特に関心があった訳ではないが、同時に行われたほかの県知事選挙の関心が皆無であったのに比べると「どうなるのかな」ぐらいの関心は持っていた。

結果を見て、新聞記事など読んで「なるほどと思うこと」もいっぱい、自分なりに発見をした。

末端はやはり鋭く見ていると思った。

無党派層などと,新聞などでは「その他大勢」のように言うが、本当はそれが末端、一般大衆なのである。
本当の政治の目線は、その他大勢の一般大衆に向けられるべきである。

党派だとか支援団体ばかりを大事にする目線、
ヨコ一線のはずの末端を無理やりタテ型のピラミッドを造って、「そのトップの人たちとの接触」を「市民参画」などと錯覚する目線の延長上に汚職や談合があるのだと言えば、言い過ぎであろうか。

そのまんま東の経歴は、従来の常識で言えば、芳しいものではない。
然し、彼の歩んだ道を見ると、大学でもう一度政治を目指すために勉強をし直している。
その態度は簡単なようで普通一般の人には出来ない真面目なものを、私は感じる。

多分、私と同じ一般大衆も、そんな真面目さを何となく感じたのだと思う。
本当の末端が動くと、自然に時代の流れに沿ったいい動きになるのだと思う。

知事や市長、いわゆる首長は世の中で言う「賢い人」「経歴のある人」「お役人上がり」でないと本当に務まらないのだろうか。

首長の資格はそんなものではなく、経歴などよりも資質だと思う。
資質さへあれば、お役人だろうが、民間人だろうが別に問題はないと思うのだが。

中央に顔が利く、陳情に有利、金が流れる、そんな基準で選ぶから汚職になったり談合が起こったりするのである。

今回は、何度も繰り返されるそんな体質に嫌気がさして、末端はそんな体質から一番遠いところの人に期待を寄せたのではないだろうか。

ところが、新聞などの報道で見ると、議会は全て野党で大変と長野県と同じことをまた言っている。
確かに、自分たちが推薦した人とは違うのだが、そんなに無茶苦茶おかしな主張をしたわけでもないだろう。県民はそれを選択したのである。

党の考えも、反対意見も当然あるとは思うが、各党の議員さんも個人個人の考えで判断し行動する態度も、少しだけでいい、見せて欲しいと思う。

安倍さんの言う「再チャレンジの見本」みたいなものだから、自民党も本当の末端が選んだ知事に協力する度量も見せて欲しいと思うのである。』


今の東国原知事は支持率90数%とか。
反対勢力などどこへ行ってしまったのか。
むしろ、『よく言いすぎだ』と思ったりしているが。

世の中の、政治家、知事のイメージを変えた功績は抜群である。
この1ヶ月、大阪のニュースは毎日のようにマスコミに取り上げられた。

大阪府知事、橋下さんの出足、スタートはまず順調に切れたと思う。

まず、注目してもらうこと、関心を示してもらうことが第一である。
そんな緊張感の中にこそ、しい政治、いい行政の生まれる素地があると思う。

一つ一つの出来事の賛否はそんなに問題ではない。
トータルとしてどうかである。
トータルとして、当初予想した以上の出来だと思う。

こんなところがいいと思っている。

1.何を思っているのかが明確である。明確に説明しようと言う意図が感じられる。それがない政治家が多すぎる。

2.答弁にメリハリがある。普通一般の人にも解り易い。謝り方が爽やかである。

3.対話。末端の意見をホンネで聞こうという姿勢が見える。
そんな末端との対話、反対意見に寛大で優しさが感じられる。
一方強い人、例えば評論家に対するときは一転して厳しい。

4.6月までに纏めるという予算や方針も期限を切って約束どおり発表されると思う。そう信じられるようなこの1ヶ月の対応であった。


個別の政策などは、当方は中身も詳しくないしよく解らない。
マスコミの報道なども、全部を伝えるわけには行かないので、結果として『言葉尻り』を捉えたものになることも多いであろう。

2回目の朝礼には若い人の8割が参加したとか。
いい方向なのだと思う。

4月1日に発表されるという『大阪維新プログラム』に期待したいと思う。
『期待できる』と思っている。

競争

今朝のニュース、桑田大リーグに残れず引退とある。

桑田の大リーグでの競争は終わったが、人生の競争は終った訳ではない。
むしろ今から新しい競争がまた始まるのである。


世の中、すべて競争の世界である。何かを競って生きていくのは人生の宿命のように思う。

こんな競争の世界に人々は生きている筈なのに、
それを避けようとする風潮が小学校の徒競走などに見られるのは如何なものか。

競争には必ず勝敗はつきものである。勝つに越したことはないが、勝ち続けることも不可能である。

勝利の美酒に酔う喜びとともに、敗北感を味わうこともまた人生である。

今、言われている格差社会もあまり言い過ぎるのは、人の努力を否定してしまうのではないかとも思う。


競争の中で、レースやマラソンなど勝ち負けを争うスポーツ競技は、やっている選手本人にもそれを観る人にとってもその時々の状況や勝敗の結果がわかり易い。

競争の本質というか、競争のための心構えとして、

競争のための準備。
競争のスタート。
トップ集団の中にいること。

の三つが一番大事であると思っている。

準備、練習など備えや努力がなければ問題外である。心の準備、競争をしているという意識、これも不可欠である。

スタートは当然大事である。当然のことなのに人生の競争などスタートを意識しないままに、スタートを見逃して競争に参加すらしない人も見かけられる。

万全の準備や練習、少しでも早いスタートを、そしてトップグループの中にいることが勝つための条件であることは誰にでも解るはずである。トップ集団にいないと自分の実力すら出し切れないことが多い。


然し、世の中での競争はスポーツ競技とは違って、『競争をしているという意識を持たないうちに終わってしまって』、結果だけが待ち受けていることが多いのではないだろうか。

準備を怠らず常に勉強して、
スタートに遅れないように、
トップ集団にいることとは、一般に新しい世の中の流れの中にいることだと理解している。世の流れを読み取って流れに乗ることが必要だ。流れに逆らっては前には進まない。
世の中の競争に於いて『勝ち抜くMUST条件』と思うのだが、それを意識している人は僅かである。

また、競争には全てルールがある。
ルールを守るのは当然で、誤魔化したりする談合などは競争のルール違反である。

常に正々堂々の競争でありたいものである。
ネット社会の特徴の一つに検索がある。
ニュースを自らが探して読む。
関心事を先方から教えてくれるシステムもある。

そしてそれらは情報を発信した人に律儀に応えてくれる。
そういう意味では情報を発信すれば、情報は自動的に収集されるのである。

ブログのアクセスがどんな形で行なわれるのか。これは関心事である。
「お気に入り」などに入っている定期的な読者の方がどれ位なのか。
「検索ワード」や「リンク」からのアクセスの比率がどれ位か。
後者の比率も結構高いのではと思っている。



昨日は『はてなアンテナ』に触れたが、
今朝、私のブログ解析の「アクセス元URL」にマイナースポットから二つ繋がった。


一つは『カワサキワールドである。』


最近カワサキワールドのことなど書かなかったのにと思っていたら、
11月半ばにメリケンパークでやろうと企画している『ミニSLフェア』のことで
『昨日神戸市に行ってきた』という私のブログの中に『カワサキワールド』が出てきているのである。


それにしてもここに紹介されているブログは、どのようにして選択されるのだろうか?

多分『カワサキワールド』でRSSから検索したりするのだろうが、更にその中からどのように選ぶのか。
今回のブログなど「カワサキワールド」には殆ど触れていない。
川重の会長室から見下ろした写真が珍しかったのか?


カワサキワールドは最近では神戸の名所の一つになっていて好評である。
ここに取り上げられているブログを見ても、その評価は非常に高い。



今朝のもう一つは『三木山森林公園』からのアクセスである。

このページには少々ビックリした。
20ある紹介ブログのうち11が私のブログである。最近どこ竹の竹とんぼのことで森林公園のことをあちこちのブログにアップしているのだ半数以上が私のブログとは、選ぶほうも同一人と思っていないのだと思うが。

冬だったので、三木山森林公園に触れたブログが少なかったのだと思う。


ネット社会の思わぬ繋がりの一つである。
『ベースは検索』言葉を誰かが探し回っている世の中である。


故郷

土井さんの宇宙からのメッセージをテレビが伝えていた。

『もうすぐ故郷地球に戻ります』

宇宙にいると、「故郷は地球だと思うのだ」 解る気がする。

海外へ行くと、「故郷は日本だと思う」 のが自然である。

東北や札幌にいたときは、『関西、兵庫の出身』を意識した。


これは平和なのだと思う。
チベットの人たちは、チベットにいながら、
『祖国はチベット、故郷はチベット』と思っているのだろう。

チベットの人たちが、海外にいても『故郷は中国と思わない』とすれば不幸なことである。

中国もその辺のところを少し考えたらと思う。
昔、日本は中国から多くを学んだ。
今、中国から学ぶこと、何だろう。

もともと、優秀な民族と思うのだが。
とやかく言われていた朝青龍が大阪場所で優勝した。

今回は満員御礼が続いたという。
朝青龍と白鵬のモンゴルコンビの人気であるのは明らかである。

朝青龍は、いろいろ言われてきたが私は好きである。
大相撲の仕来りには合わないのかも知れないが、見ていて闘志が前面に出る独特のスタイルがいい。

仕切り前の腕を振り上げるスタイルも勝った後の仕草も、腕白坊主がそのまま大きくなったようである。
なんだかんだと言われているが、プロであることに間違いなく客が呼べるのは大きな武器である。


亀田三兄弟もボロかすに言われたし、確かに行き過ぎなところはあるのだが、嫌いではなかった。
朝青龍にしても、亀田三兄弟にしても持ち上げておいて、何かあると一斉に非難するマスコミの風潮のほうがどうも好きになれないのである。


今朝の新聞の論調はまた好意的に戻っている。
『横綱の面目は保った。今後は横綱らしい態度でやっていけばいい』
横綱審議委員長のコメントである。

横綱審議委員会というのも。どうも好きになれない。
横綱らしい人だけの時、『閑古鳥が鳴いていた』ことを忘れたようなコメントである。
『今回は人気復活の兆しが出てよかった。朝青龍のお陰である。』
とぐらい付け加えられないのか。

『大阪、好きやで。毎度おおきに。』 確かに大阪のほうがよく似合う。
朝青龍、ホントに優勝おめでとう。

国民に信を問え

国民に信を問え、朝日の社説で言っている。
あちこちに、そんな意見が見られる。

賛成である。
どんな結果になるのかよく解らぬが、今の状態はどうにもならないような気がする。
サミットが終わるまでは何としても政権にしがみついていたいのではなどと言われているが、隣国に物も言えぬ人が世界に発言などできるわけがない。


自民党がダメなのか、民主党が大人気ないのか、もう少しマシな人が出てこないといけないと思う。

日銀総裁は空席になってしまって大変だが、
自民党総裁は空席ではないが機能しなくなってより大変なのである。
対中国問題も、対民主党問題も、議会対策も、みんな空白状況のようである。相手が真剣に反応しなくなってしまった。


福田さんもそうだが、こんな総理がいいと言って推した自民党の旧い人たち、一見政治家らしい人たちにはお引取り願って、もっと解り易い政治をして欲しい。
いろいろ問題はあったというが小泉さんは解り易かった。
折角そんな路線になりかけたのに、少し昔流に戻したらこの有様である。

いい悪いの前に自分の意見を確りと語れるリーダーであって欲しい。


中国と仲良くなることに反対ではない。
然し、こんな状態のまま、中国首脳との会談などしてもダメである。
餃子事件も今回のチベット問題ももう少し明確に日本の意見を述べるべきである。

若しこれが立場が逆なら、どんな言われ方をしたであろうか。
せめてその半分ぐらいは意見を述べるべきである。
チベット問題などは、モノをいう格好のチャンスである。このとき言わずして何時言うのかと思う。

内閣支持率は多分もっと下がるだろう。
きつい言い方をすれば、一国のリーダーの資質に欠けている。
誰でもいい、もう代って欲しいと思うようになってきた。

パシフィック開幕

パシフィックが一足先に開幕した。

どこのチームもエースが登板する。
1-0、2-0、4-3。
3試合とも1点を争う好ゲームで野球はピッチャーがよければ緊迫したいい試合が観られることを証明した。


中でも日ハムのダルビッシュは、完封完投で緒戦を飾り、日本代表のエースとしての存在感を示した。

自責点はダルビッシュは勿論ゼロ。
小林、涌井、金子、岩隈が1点。
杉内だけが3点であったが、それぞれ立派である。

ピッチャーがよかっただけに打線のほうは目立った活躍はなかったが、
今年はオリックスの新クリーンアップに注目である。


スポーツニュースでしか見れなかったが、どの試合も面白そうだった。
それにしても、開幕戦なのにNHKの衛星放送以外テレビ放映もないのは、少々寂しすぎる。

同じ時間帯に、ABCが阪神ー広島のオープン戦を放映していた。これなどは何とかならないものか。
テレビ局も公共性を言うのなら視聴率ばかりに拘らずに開幕戦ぐらいどこか1局でも放映するところがあってもいいと思う。

若し放映されていたら、見たいと思う人も多いはずである。
そんな風に思っているのは、私だけだろうか?
自分の想いを、きっちりと表現することは意外に難しい。
そんな表現を本当に 「きっちりと表現される」、 服部吉伸先生とはご縁があって現役の頃、直接ご指導も頂いた。

当然のことながら幾つもあるのだが、その中の一つ

「世の中には原因のある問題と原因のない問題との二つがある。
原因のある問題は、原因の追求、把握、対策という思考ステップで課題を解決する。原因のある問題点の解決に必要な能力は創造力とは呼ばない。

創造力の源泉はアイデアであり、思考ステップの特徴は絞り込んで考え続けるということである。」



世の中の会議などで沢山の人たちが集まり議題の検討をする。
普通一般のことではあるが、あまりいいアイデアとかなどは出ないのが普通である。

その時間だけ、その問題を考えるのでは思いつきだけで、 「いい考え」 など出るはずはないと現役のときずっと思っていた。

専門に検討している人たちが集まるとか、雑談的に何度も会合を重ねるとか、
ある一人の考え続けたアイデアに沿った検討をするとか、
とにかく、絞り込んで考え続けない限り 「創造的なアイデア」 とか「差別化された事柄」 は出てこないのである。



然し、現実には沢山のいろんな立場の人が集まって、
その時だけそのことを考える 「思いつき会議」が横行する。
そして会議が終了するとそのことについては忘れてしまっている。
時間と労力の浪費,無駄だと思うが一向に改まる気配もない。

むしろ、そんな風に思う人、例えば私が変っているのである。
私のこんな考えは、会議を絞り込んで考えた末の結論である。



では会議は機能しないのか。そんなことはない。
方針伝達とか現状の共通の理解とか、余り考えなくてもいい事柄の徹底や「会議で決めたという手続き」などには十分に機能すると思う。



大体、世の中には 「創造」 だとか 「差別化」 などには余り関心のない人のほうが一般的なのだと思っている。
なのに 「創造力」 などというと何となく聞こえがよくて、立派なことのように思い過ぎているのではなかろうか。
これは、特殊能力で 「少し変った人でないと発想できない」 種類のもののような気がしてならない。
変った人、絞り込んで考え続けることの出来る人には、そんなに大したことではないのである。


服部先生の仰る通り、
原因のある問題の解決には、普通の人たちが手順を踏んで検討すれば物事は解決するのだが、
原因のない問題についても、同じスタンスで解決しようとするところに問題があると思う。

創造的な事柄については、絞り込んだ人のアイデアに沿って、
そこに何かを加えたり味付けしたりすることにする方が、現実的だと思う。


然し、「その時だけそのことを考える」 会議や会合が多すぎる気がしてならない。

スポーツ記事から

春になった。スポーツ記事満載である。

大相撲春場所、モンゴル勢ばかりが話題である。
朝青龍も白鵬も安馬も、琴欧州も見出しに、国技なのに日本人の名前なし。
それにしても、朝青龍は強い。いろいろ言われるが私は好きである。
今、外人がいないと国技大相撲は成り立たないのではないか。

フィギアの世界選手権高橋大輔と浅田真央世界最高点を引っさげてスエーデンでの世界大会に臨むという。これも一昔前には考えられなかった異変だとヨーロッパの人たちは思っているかも知れない。
特に女子の層の厚さにはビックリする。
女子と言えば、上村愛子のスキーモーグルの優勝も素晴らしいしマラソンもバドミントンも女子は男子を上回っている。
サッカーも強いし、女子の強いのは家庭だけではなくなった。

オリックス、今年は面白い。ラロッカ、ローズ、カブレラはともに日本で実績のある人たちだから期待できる。村松、北川に浜中が加わって打線は面白そうだ。
このくらいの迫力があると外人選手も値打ちである。

日ハム中田、ヤクルト佐藤、ロッテ唐川がともに開幕2軍スタートとある。
豊島って、知らなかったが、日ハム開幕唯一一軍とか。
巨人の松井も2軍スタートだったと書いている。そうだったのか忘れてしまっていた。王は1軍だったと思う。張本も確かそうだった。

高校卒で即戦力になったのは、サッカーでは柳沢がいた。
今年は鹿島から京都に移ってホーム開幕戦でゴールを決めた。
『柳沢30歳の挑戦』と見出しのあるが、柳沢ももう30歳である。

春は選抜から、
地元兵庫は今回は東洋大姫路である。よく出ているようにも思うが5年振りだそうである。最近は強いチームがいっぱい出来て甲子園出場もなかなか難しい。
PLの名を聞かなくなって久しいような気がする。

桜の開花も近い。もう春である。
橋下さんの支持率85%とABCテレビは報じている。

ほっとした。
何も私がほっとすることはないのだが、最初から「この人は大丈夫いける」とカンで思って、このブログにも新しく『大阪府知事&橋下徹』というカテゴリーを作ってアップしている。
これで6つ目だから、結構書いている。

その第1回目、1月30日のブログにこんな風に書きだしている。



今度、大阪府知事になった橋下さん、こんな解り易いマニフェストを出している。

そんな中で「収入の範囲内での支出」と言い切った。
これが出来る、出来んといろいろ騒がしいが、まずそんなことよりも、「明確に言い切った」ことに大拍手である。

これで、方向、大方針は決まった。
そして、その言い方が極めて明確であり、やろうという意思が明確に読み取れた。

橋下さんは、これをやりきるだろうと思う。

今すぐ、今年の予算でそれが出来るかどうかは、問題ではない。
どんな対応をするかである。

節減ではまずダメである。幾つ止めれるかに掛かっている。
不要なものを探して止めたらいいのである。

改革とは体質の転換である。
それをしないで、ちょっと改革の真似事の改善をしただけで改革と錯覚しているリーダーが多すぎる。
大阪を変えようと言う意識が、極めて明快である。』



評論家と言う人種は、物事をクサシテなんぼみたいなところがある。
「ダメだ、ダメだ」と言うほうが賢そうに見えるのだろうか。

末端の人たちの物事を素直に読み取るカンは正しい。
ウソとホントを敏感に見分ける、極めて正しい常識を持っているのがと思う。

その後もずっと見ているが、彼のスタンスには120%共感できる。
リーダーとしての素質を身につけている。

私が一番好きな『スポーツマンタイプ』でかつアタマのいい日本でも初めての政治家だと思う。
リーダーはこうあって欲しい。新しい風が吹くだろう。
最近の出来事はどうも解り難い。
それぞれ理屈もあるのだろうが、聞いてもよく解らない。

私だけが解らないのかと思ってしまう。

まず道路特定財源。
『来週にも修正案、暫定税率10年延長を短縮』とある。
解り易いのは、
民主党の1.全て一般財源化する 2.ガソリン税の暫定税率は廃止する 3.道路を造る権限を地方自治体に委ねる という主張のほうが解り易い。
だから国民の半数以上が支持するのだと思うが、
肝心の地方自治体の首長さんたちが100%に近い反対なのがよく解らない。何かいいところがあるのだろうか。

反対している市は、仙台、綾部、尼崎、国立、広島、狛江の6市だけだという。


日銀総裁問題。
民主党が反対する理由だけは解っているが、財務省出身がそんなに問題なのか。
こんなことをしていたらどんな結論になるのか。
副総裁はOKと言っている。
総裁が空白になると大変だと言うが、ホントにそうか?
首相が突然止めて空白になったこともつい最近あったばかりだが、どんな大変なことになったのか。
この件が国会運営に絡んで、ガソリン税が短期間?安くなると言うがこれも難しい。

とうとう福井総裁の継続論まで出てきた。
福井さん国内ではボロかすであったが、海外での評価は高かったらしい。
然し、空白になるかも知れないという状況になってきた。


春の賃上げ。
空前の好決算と言われる企業、なのに今年の春闘は横並び1000円の賃上げである。
トヨタも1000円。なぜこんなに横並びなのか?
長くサラリーマンをやってきたが、当時の賃上げ額は1000円と言う単位ではなかったように思う。
1000円の賃上げとは実際どれ位1ヶ月の給料が上がるのだろう?


石破さんの防衛省の改革案。
これ自体が難しくて、いいのか悪いのかよく理解できないのだが、
内容の論議もさることながら、各部門や内閣官房の思惑などもあって余計にややこしくしているようである。
なんでもまず組織の性にするが、イージス艦の衝突とどんな関係があるのか、絡めて論じられるのも甚だ解り難い。


どれもこれもすっきりしない。


大阪の橋下知事。
言い過ぎて、取り消し。
間違ってアタマをさげる。
ちょっと修正すると、ここぞとばかりマスコミは突っ込む。

然し、解り難いことはない。
議会や政治の常識かも知れぬが、世間一般普通のことである。

東国原さんもそうだが、解り易いほうがいいような気もする。
私は樋渡啓祐ファンである。まだ高槻の市長公室長に総務省から出向していた時代からのファンである。

今は有名になって本を出されるまでになったが、彼の発想や動きは物事が実現する動き方だと思っている。だから、高槻時代から注目し、三木市長にも紹介をしてきた。でもなかなか難しい。

世の中で広報が解る人が極めて少ないのである。樋渡さんの原点は広報だと私は思っている。興味のある方は一読をお奨めします。



「力強い」地方づくりのためのあえて「力弱い」戦略論、という長い名前の本を、
佐賀県武雄市長の樋渡さんがこの度世に出された。


実際にこの2年間おやりになった事柄は、概略承知しているので、その経緯や裏話と言うか、何故そうなのかと言うような部分が見えて面白い。
面白いというか、共感する部分の連続である。


少々、偏見に近いと思われるかも知れぬが、
私は広報が解らぬ人は、管理や作業は出来ても、ホントの仕事は出来ないと思っている。
広報が解らなくても、関心のある人はそばに専門家を侍らせて、その通りに動く、そんなスタイルが取れればそれでいい。
小泉さんはそうだった。
解らぬのに解ったようにいろいろやると、手に負えない結果になる。
それなら、やらぬほうがいい。

樋渡さんは、広報が好きである。解っているし、権限も持っている。
一番物事が実現する、実現し易い環境にある。
だから武雄は、物事が上手く実現してきたし、今後も上手く行くだろうと思っている。


本には、このように書いておられる。

「僕は広報責任者だと、勝手に自認しているのでいいいのだけど、若しトップがそういうことが苦手、嫌いだったら、思い切り広報担当者に任せればいいと思う。
ただ、広報は仕事が出来る出来ないの範疇を超えたところにあるので、その人選は確りとやらないといけないのだが、広報課長が順送りというのはもってのほかだと思う。
この手の担当は、ラインから外れそうな、あるいは外れた奇人、変人がいい。」

120%賛成である。
樋渡さんも、東大出でアタマはいいのだろうが、間違いなく奇人、変人の部類である。
少なくとも普通の人ではない、普通の人ではああは行かないのである。


武雄に沢山の見学者が訪れているが、
こんな広報のベースやトータルコンセプト、みたいなものを無視して形だけ真似ても、おかしくなっても決して上手くは行かないと思っている。



もうひとつ、凄いと思うことは、どんどん継続して途切れないことである。
これが相乗効果を産んで、パブリシテイとして機能している。
多分意識的に、戦略的に仕掛けられているのだと思うが。

最後のページに年表が載っているが、平成18年4月市長に当選以来、19年12月まで何か新しい話題がなかった月は、たった2ヶ月だけで毎月ビックリするような話題の連続なのである。

こんな行政をやっているのは武雄だけである。
民間の会社にもあまり例を見ない。



ひょっとして、今度の大阪府知事になった橋下さんは、やるのではと大いに期待しているのだが。

多分大丈夫だと思っている。ご自分がずっと付き合ってきた広報マンを今回そばに置かれるようにされた。

ちゃんと計算が出来ている。


せんたく

「より良質な情報を入手するには、自ら前向きな情報発信者にならねば」とあった。解るような気もするし、わからないところもある。

最近、「せんたく」がニュースである。
これについて、情報を集めてみた。

さるとるさんも、ブログにアップしている。


このブログのなかで、「せんたく」というネーミングに触れている。
確かにもう一つぴんと来ないが、坂本竜馬のーーーとなるとまた別である。

どのようにして辿り着いたのか?

最近は検索と言う便利なものがある。
「せんたく」で検索するとYahooでは出てこないのに、Googleでは、出てきた。

長島昭久さん
他のブログでも
更に他にも、いろんなことを知っている人は多い

いろいろやっていると、北川正恭発起人代表のインタビュー記事も見つかった。
何でも解るものである。


それにしても、最初に「せんたく」というネーミングを決めるとき、誰かがこの坂本竜馬の話を知っていたのである。
広告代理店であろうか?北川さんであろうか?

と思っていたのだが、対談の中にその経緯が載っている。
「wash」 と 「choice」 で 「せんたく」 と名付けたのだが、北川さんは坂本竜馬の話はご存知だったようである。流石である。

この対談もリンクしたブログも面白いので、是非ご一読下さい。


こんな話も、若しさるとるさんのブログを読まなかったら、多分解らずに過ぎたか?
そのうちにマスコミでもいろいろ言うので解ったか?  最近の傾向では後者かな。

天声人語

大学の試験問題に一番沢山出題されると言う。本になったりもしている。

朝日の中でも、一流中の一流が担当しているのであろうが、『天声人語』をはじめ短いコラムの文章はプロとはいえ流石である。

ブログを書き出してから特に文章を気をつけて読むようになったが、天声人語のような文章は逆立ちしても真似できない。
文章もさることながら、蓄えられた知識、教養に圧倒的な差を感じる。



先日のの天声人語
『スポーツと観衆について、一つの「法則」があるそうだ。勝者が得るものと敗者の失うものとの差が大きいほど興奮は増す、のだという。人気チームの戦いも、親善試合では盛り上がらない。』で始まっている。

スポーツの話かと思ったら、アメリカの民主党の大統領候補者選びの話なのである。

『勝ちと負けの落差は「雲と泥」である。』
だから盛り上がるのだと続いて、もう少しこの興奮を楽しみたいのも分析した理由の一つであると指摘している。

そしてヒラリーの泣きどころは、「ヒラリー嫌い」の多さだと言う。
大統領の品定めが好きなアメリカ人が最高と評価するリンカーンの「一つのアメリカと」と言う言葉は多民族の国ゆえに日本人の想像を超えて重い。

そして『勝負の分かれ目は「心の準備」だとも言われる。女性と黒人。どちらを大統領に迎える心の準備が米社会に早く整うか。民主主義の守護者を自認する国での、思えば歴史的な戦いである。』と結ばれている。


今朝は季節の移り春について、
『梅は凛、桜は艶』  ならば桃にはどんな1字を献じようか。
これに対して、 麗、蕩、憐、雅、満、優、華などのたよりを頂いたとあった。

『それぞれの思い描く一文字にも、一雨ごとに春が近づく3月である』



文章も流石だが、この短い文章の中に盛られている幾つもの事柄、知識が素晴らしいと思う。
新聞社で文章を書いたり、社会の出来事を専門的に見つめていれば自然に溜まる教養なのか。

ただ、最近思うことは何事でも、ちゃんと考えるために物事を見ると、凡人でも幾らかは進歩すると言うことだ。
ブログを書き出してから、写真を撮りだしてから、モノを観る見方が少しだけ変わったような気がする。

『気がつくのが少し遅すぎたようである。』



日韓新時代

韓国の大統領が代わっ手日韓新時代の始まりと言われている。
韓国の李次期大統領は「謝罪求めなくても成熟した外交できる」と日韓の関係改善に意欲的である。

私にとっては、本当に嬉しく心から歓迎したい。

私は昭和8年兵庫県明石で生まれた。
自分で覚えているわけではないが、話によると1歳の時、朝鮮、今の韓国の渡っている。
そして昭和20年終戦の年まで12年間、京城、今のソウルで育った。

少年時代を過ごしたのはソウルであり、その頃の想い出は殆どがソウルである。
若し「あなたのふるさとは?」と訪ねられたら「ソウル」と答えたいし、それはダメと言われたら「私にふるさとはありません」と答えるしかないのである。

当時の日韓の関係が、正常であったとは決して思わない。子供心にも不思議に思った事もあった。
然しいい面もあったろうし、自分が育った韓国は好きか嫌いかと言われたら、「本能的に」好きなのである。

世界の国の中で一番行ってみたいところはソウルであった。
海外出張が多く、アメリカもヨーロッパも中近東もアフリカも、二輪車と関係のあった国には、どこにでも行けたのに韓国だけは二輪の関係がなくて行けなかった。

だから、ソウルオリンピックの時にオリンピック委員会の正式な招聘も受けて、開会式の当日、子どもの頃遊んだ漢江(ハンガン)でジェットスキーのデモンストレーションを頼まれたときは本当に嬉しかった。
チームと一緒に1週間過ごしたソウルの出張は、私にとって一番嬉しい海外出張であった。
戦火を免れた小学校も過ごした家もそのままで、見ることが出来ただけで大満足であった。


そんな韓国との関係が、ずっと険悪であることは悲しいことであった。
今後の日韓の関係が改善されることを望みたいし、素直に喜びたいと思うのである。

ソウルは、私のただ一つのふるさとなのである。

ジャングリッシュ

日本人の英語の発音は独特である。

日本人の話す英語は日本人には解り易い。逆に言えば欧米人の英語は解り難いし、簡単なことでも、何を言っているのか解らない。
仕事の話は何となく想像出来ても、一般の世間話になると全くお手上げであった。


現役の頃、海外にも出るようになって英語を話さねばならぬことになった。
最初は話すことに夢中であったが、そのうちに何とか話せるようになった。
自分が上手く話せないときは、相手も加減してくれていたのだろう何とか相手の言うことも解った積りであった。

相手はこちらが理解できるであろうレベルのことしか、話しかけてこなかったのだと思う。
少し、話せるようになって調子に乗って英語を喋りだしてから、悪戦苦闘が始まったのである。

相手の喋る英語が全然解らないというより、何を言っているのか皆目、聞き取れないのである。
『ちゃんとした英語を喋って欲しい』と何度思ったことか。



こんな日本人の下手な英語を『ジャングリッシュ』と言うらしい。
カタカナ英語と題して、池谷東大準教授が書いている。
面白かったし、なる程解らぬはずだと改めて思った。

日本のカタカナ英語の綴りがいけないのだと言う。
カタカナの綴りを少し工夫すれば通じたり聞けたりするようになる。
例がいっぱいあるので、その中から、

Can I have ケナヤブ
Do You have  ジュヤブ
Do You want to ジュワナ
I want You to アイワニュル   と発音すれば通じる。

逆に日本語でこのように言うとこんな意味になり、『直ぐ通じた』のは

親友はげん   See You again.
歩けるよ I'll kill You.
かむとぎょうざ Come together.
手でつまんでいい Today is monday.

こんな例が沢山並んでいる。
通じないはずだし聞き取れない道理である。


欧米人にとって、日本人が英語で話しても、『英語で話しかけられていることに気づかない』場合があるという。『日本語は意外に英語によく似ている』と思う人がいると書いてある。

『ホント』と思うかも知れぬが、そんなこともあるようだ。
聞いた話だが、亡くなられた大庭さんがまだ単車の本部長をされていた頃、英語でよくスピーチをされていた。
流石にKMCの社内のアメリカ人にはそれが英語のスピーチであることは解っていたようだが、ある時ニューヨークで一般の方に英語のスピーチをされたら、

『ドクターオオバのスピーチは残念ながら日本語だったので解らなかったと』と言われたというエピソードが残っている。

日本人は、英語が理解できないのでなくて、聞き取れないし発音がダメなのである。


校長先生の卒業式

私が小学校のころ、勿論戦前の軍国主義教育が花盛りの時代であった。

先生は子供たちにとって絶対の尊敬の対象であったし、父兄も常に敬意を持って接していた。
先生に文句を言ったりすることなど考えられなかった。

まして、校長先生などは雲の上の存在で、その印象は毎月8日の『大詔奉戴日』に12月8日の『開戦の詔書」を読み上げらる偉い先生というのがその印象である。
事実、6年間の小学校の生活で校長先生と直接話をしたという記憶はない。



この時代も、ある意味結構よかったのだが、
最近は時代が変わって校長先生も子供たちにとって身近な親しめる存在のようである。

永年勤められて退職される校長先生に、子供たちが感謝の気持を込めて、
校長先生に卒業証書を贈ったというほほえましい話である。

三木の自由が丘中学の神崎校長先生の話だが、こんな送られ方をすると先生をして本当によかったと思われると思う。
日頃ちゃんとしていないと、こんなことにはならないと思う。

いい話だと思う。

円高の思い出

最近の円高が急激である。輸出産業を中心に打撃は大きく株価にも影響しているようである。

ずっと昔、1ドル360円であった円ドルレートは、この50年の間に100円までずっと円高を経験して現在に到っている。

円高と言う表現から「円が高くなってなぜ困るのだ」というのは、一般の自然な感覚であろう。
輸出立国で成長してきただけに輸出産業が影響を受けるのである。
逆に、輸入に関連するものは円高はプラスに影響する。
個人の海外旅行などでは円が強いのだから、大いにプラスなのである。

1円の円高でどのくらい利益に影響するのか?
トヨタは350億円営業利益が減少する。
これは桁違いだが、日立は8億円の減少、逆に日航は燃料などで20~25億円のプラスになると新聞に報じられている。



これは直接に担当してみないと、この影響の大きさは解らない。
カワサキの単車事業部も円高で振り回された思い出がある。

故大庭本部長が単車にこられて3年目の1985年、ようやく危機的状況から脱して、海外販社を含めてグループ全体が浮上したと思われた時期である。

この年の7月頃の損益見通しは、事業部単体で40億円ぐらい利益を245円のレートで見込んでいた。
この当時の1円の影響は約8億円、今の日立のレベルである。

これが9月には230円、11月には202円、年を越してからは200円を割り2月には190円、3月175円、4月には165円と止まるところを知らぬ極端な円高だったのである。

単純計算すると  8億*(245-165)=640億円であった。
今のトヨタの2倍に近いのだから、どんなものか想像がつくと思われる。

為替対策は、一般に為替予約や値上げやコスト削減などで対策するのだが、
こう一気に変動するとどうしようもなく、約半分の350億円あまりが当時の事業部の損失に計上されたことになった。

この経験は貴重であった。
従来の対策に加えて、『コストのドル化』など海外生産への工場移転など構造的対策など本格的な対策を経て、何年かかかって結果的には乗り切ったのである。


あの1985,6年から20年間の円高が65円ぐらいであるから、最近の円高も急激ではあろうが当時の過激さとは比較にはならないのである。

『半年で80円はホントに強烈であった。』

当時の大庭本部長以下、高橋、田崎さん(当時KMC)、直接の担当だった小川君(jyosinさん)、この時期その嵐のど真ん中にいて振り回された人たちとのあの頃の懐かしい思い出は忘れられない。


今思えば85年でよかった。
若しアレが3年ほど早い82年の単車の危機的状況に起こっていれば、
『カワサキ単車』はホントに消えていたかも知れない。

ある意味あの危機を支えたのは、3年間で立ち直っていた海外販社の力があったからで、為替の影響を販社とともに乗り切ったと言えるであろう。
同時に川重の為替の影響の少ない他事業部の力もあったのは勿論である。


当時企画を担当していたので、特に故大庭さんや当時の財務担当副社長の松本さんなどには本当にお世話になった。
苦しい頃の思い出のほうが懐かしいと言うがホントにそうである。
こんな経験をして、少々のことには驚かなくなってしまった。

今、3月末の期末決算をまじかに控えて、事業部はどんなことなのだろう。
円高は、輸出産業にとっては大変なことなのである。


東京本社

大企業の7割が東京に本社を置いていると言う。
日清食品もこの度東京に本社を移したことが話題になっている。

大阪は今、橋下知事が元気を取り戻そうと躍起だがその矢先のことである。
経済界での大阪の地盤沈下が言われて久しいが、それを如実に現しているのが大企業の本社の東京移転である。

この流れは一向に止まらない。
なぜ、東京に移転するのか?
情報が早いなどとよく言われるが本当にそうであろうか?

大市場の東京、関東圏と言う市場の大きさなどから、
国内の営業対象としてはその直ぐ近くに本拠を置きたいというのはよく解る。
然し本社機能とは直接関係はない。
情報も、昨今のインターネットの発達状況から言えばどこにいても大丈夫である。


アメリカのニューヨークでの本社集中度は30%であるという。
それに対して、東京の70は突出しており日本独特のものである。

従って、東京に本社が集中する理由もホンネのところは、情報などではなくて日本的な理由が多いのではないかと思っている。
例えば

1.大企業の本社は『みんな』東京である。大企業=東京本社である。日本独特の横並び思想である。

2.役所の許認可や役所との関係で、東京は便利である。中央の役所の課長に会うのも民間のそこそこの役職が必要である。日本の事業展開ではお役所のウエイトは結構高い。

3.業界の会議、会合が常に東京で開かれる。業界の付き合いも日本独特だが、この付き合いの仕方が如何にも日本的である。一つのことを決めるのに下から順番に会議を重ね、最後トップの会議では議論なくシャンシャン会議。結構手間が掛かり回数も多い。

と言うような極めて日本的なことが、ホントの理由ではないだろうか?


トヨタは東京本社もあるが、豊田市に本社機能を持っているようだ。
世界に事業を展開するとき、東京の比重はそんなに大きくないと言うのがその理由のようである。

何となく、解る気がする。


川崎重工業は、東京と神戸に本社がある。中心は東京である。
殆どの事業が国内重点なのでその理由はよく理解できる。

然し、二輪事業の本拠地は明石である。

事業の展開がアメリカを中心とした世界にあり、国内は重点市場ではあるが比重は低い。今まで一度も事業の本拠を東京に置こうとしたこともないし、今後もその必要は皆無だと思う。

ただ問題は、ホンダ、ヤマハ、スズキのライバルたちがちゃんと本社機能を持っているのに対し、
カワサキは事業部としての本部機能は持っているが、本社機能は持っていない。
と言うのが言い過ぎならば、非常に希薄であると言っておこう。

それが事業運営にいろいろと問題になっていることに気づいていない面がある。
どうしても技術系の人が多く、事務屋もそんな点を配慮しないからかも知れぬ。
最近、またバイク関係の人たちとのお付き合いが増えて、そんな点を指摘されることが多い。
つい2,3日前もある方から、これに類する問題の指摘をされた。

現役の頃、生産企画部をつくり、企画部と分離したのは、企画部は本社機能のみに集中すべきと思ったからである。企画部の中に関連事業部も法務班も組織した。ライバルたちの本社機能に及ばずながら対抗しようと思ったのである。

明石の工場問題は重要だが、本社の機能でないことは間違いない。
日常業務の多い工場のことがどうしても優先処理される体制からは本社機能などは決して育たないのである。


本社が東京に集中することと同時に、本社機能とは一体何なのか?
本社機能はなくても事業は展開できるのか?
一見出来ているように見えているが、『一流になるために』本社機能は、『機能として必要』MUST条件と思っている。

本社の東京移転が話題になったので、ずっと思っているこんな話をOBの一人として伝えておきたいと思ったのである。
『置く、掛ける、貼る』家庭のテレビの話である。

段々とテレビは薄型になってきた。技術の進歩によってどんどん変わってゆくのである。

テレビの推移を見ていると、
小さなテレビから段々と大型になってきた。
次に画面の美しさを競うような時代があった。
そしてその画面は液晶などの新しい技術で薄型化が進んでいる。
近い将来、1センチ以下の薄型テレビが市場に並ぶ日も近いという。

我が家にはテレビは5台もあるが、薄型液晶などの新型はない。
もう何年もテレビなど買ったことがない。オリンピックの頃までに1台ぐらい買い換えるかも知れない。

だから今のところ各部屋にみんな『置いて』いる。
仮に、薄型テレビにしたら、『どのように置くかな』と思っている。
『掛ける』となると部屋のレイアウトを変えなければならない。
レイアウトを変えたら『掛ける』ことのできる部屋は二つだけで、あとの三つは部屋の構造を少し変えなければならないかも知れない。
まして、『貼る』となるとおおごとである。

つまり生活様式が昔と変わってきているのであろう。
綺麗な壁のある部屋が、リビングルームの基本なのだろう。

そんな詰まらぬことを思っていたら、
テレビの薄型は更に進んでポスターのように壁に貼るスタイルから、掛け軸のように丸めてしまえるものも既にけんきゅうされているらしい。

テレビと出会って50年、はじめはテレビは喫茶店で見せてもらうものだったが、家に5台もあるように、家族全員みんなと必需品であった。

最近は、テレビを見る時間は減っている。その分パソコンに向かっている。
若い人はパソコンに向かう時間も減って、もっぱら『携帯』と相対しているのだろう。

経済大国日本?

日本が自他共に『経済大国日本』を誇れたのは何時頃までなのだろう。

現在も日本が経済大国であるこちに変わりはないのだろうが、どうもその地位は危ないものになりつつある。そんな気がする。

中国、韓国の躍進が日本の地位を脅かすことになっている。
日本の外貨準備高がはじめて1兆ドルを越えて凄いと思ったら、世界でのトップは中国だと言う。

パイオニアのプラズマパネル撤退が報じられているが、これは世界の薄型テレビの世界市場での日韓の厳しい競争が関係しているようである。
韓国サムスン電子に対抗しての措置だと言う

薄型テレビのシェアはサムスンがトップでソニー松下が続きと書いているが、この4年間のシェア推移グラフを見るとサムスンは8%ぐらいの4位から一直線に19%の断トツ1位に飛躍している。
その間トップであったシャープは4位に松下もシェア失っている。ソニーだけが一度下がったシェアを回復してもとの15%ほどのシェアになっている。

メーカー間の競争はサムスンの一人勝ちである。

半導体やインターネット関連など、世界の経済を左右するものが新しい商品分野に変わりつつある。
そんな時代の変化のスピードが速くて、うかうかしていると直ぐ置いていかれるのである。

経済大国日本などと浮かれていてはいられない。たった4年間の出来事なのである、

我が家にはまだ薄型テレビはない。今年のオリンピックまでには新しい薄型テレビに1台ぐらいは代るかも知れぬが、どこのメーカーのものになっているであろうか。

特定財源

特定財源の話題が一挙に脚光を浴びている。
脚光を浴びるはいいことに使う言葉であろうから適切ではないかも知れない。

道路がなぜ旅行に化けたりミュージカルになったりマッサージチェアになったりするのか?
不思議で仕方がなかったが、基本的な問題はその期の予算はその期に使い切るという慣習からのような気がする。

お役所の予算に限らず前期の実績が翌期の予算のベースになるという単純は発想がそんなことを生じさせる源のような気がする。
だからある予算は使い切らねばならないのである。

道路に特定された予算でも、余ってしまえば残せばいいのだが、残さないために何か少しでも関連のあるものを見つけて使おうとするのだろう。

自由に使えると言うことが輪をかけておかしくしてしまっている。
会計検査院の調査なども追いつかない。

仮に見つかってもあまり厳しい罰則や罪に問われることはない。

道路建設は利権である。政治家にも業者にも美味しいネタである。
だから手放したくはない。

ここまでなら革新の首長なら断固一般財源化を言うはずだが、97%もの地方の首長が反対をするのであるから何か不具合があるのだろう。

小泉さんは『賛成である』という。トップが賛成して問題点の整理をすれば解決の方向に動くのだが、福田さんはそれをしようとしない。

不幸なのは国民なのである。
クリントンが今回は勝って、また先が解らなくなった。

アメリカの大統領選の仕組みは、今でもよく解っていないが今までこんなに長くやったいたようには思わなかった。
多分差が出て途中で降りてしまっていたのであろう。
今までは全州でやるのではなく、一部の州だけで決めるものなのかと思っていた。

国が広いからこんな制度のしたのか、誰が何時決めたのか。
なかなか決めるのが難しかったと思う。
地域と順番を決めるだけでももめそうである。

こんな選挙も凄いが、選挙に対する盛り上がりも凄い。
とても予備選だとは思えない。
このまま8月まで続くとも予想されている。

共和党と民主党で代議員の獲得の方法も違うようで、この辺のところは新聞の解説記事を読んでも解らない。

何が凄いか、解らないところもあるのだが、
一言で言えば凄いなと思っているのが実感である。

とても、日本では考えられない。

『イエス、シー、ウィル』
『イエス、ウィ、キャン』

という英語もかっこいい。

年金の話

私は今年金生活者である、特に生活に不安はない。贅沢は出来ないが生活は出来ると思っている。

本財務相の塩川さんが年金について語っている。
実感として納得できるところも多い。

「基礎年金の6万6千円と言う支給額は財政上の理由から決まっているだけで老後の生活を保障できる額ではない。老後の不安が不満になっている。」
「老後の生活は政府が守ると言うことをはっきりさせる。独身で年200万円、夫婦で320万円」
「財源は全額税で賄う。消費税の増税でまかなう」

いろいろ難しいことはあるのだろうが、解り易い。
夫婦で320万円あれば、普通の生活は出来るだろう。


年金の話に、詳しいわけでもないのだが、塩川さんが現役引退して86歳の今もこのように新聞に登場し世間を引っ張っていることに敬意を表したい。
確りとした持論を持ち世に問うているスタンスがいい。

『政治家が第一線に立ち、あらゆる機会に国民に説明するべきだ。今の政治家は年金をきちんと勉強してきた人が少なすぎ、広報ができていない。』

塩川さんが言うのだから、現状はそうなのであろう。
年金問題などは、選挙の票など意識せずに本音で対応する政治家の出番だと思うのだが。

世論調査

全国の世論調査が行なわれてその結果が発表された。

ガソリン税など道路特定財源をめぐる問題で、道路整備以外にも使える一般財源にする考え方に、賛成の人が59%、反対は30%とある。

法律の中味まで承知しているわけではないが、素直に考えると賛成するのが当然である。
道路だけに使っているのなら兎も角、好き勝手に道路以外のものなどに湯水の如く使われている実態が報道されると、幾ら人気の東国原知事が力説してもダメだろう。

先日彼の主張を聞いていると、宮崎県のように道路が遅れている状態のまま一般財源化されると、宮崎県は一般財源で道路を作らねばならず他の施策に廻らない。特に多くの一般予算を回してくれますかと言うのである。
宮崎県の立場としては理解できるが、一般論としては分が悪い。


福田総理、福田内閣の支持率はまた下がった。
折角、小泉さんのようなイメージの明るい政治になったのに、安倍さんもちょっと時期が早かったのか。実力がなかったのか。

福田さんは、また昔に戻ったと言うのが実感である。
「せんたく」か何か、訳のわからぬ動きもあるが、昔流の政治はもう通用しないのではないかと思う。

ツキもない。

いいことがないし、悪いことばかりが続く。
小沢さんももう一つだし、いい悪いはよく解らぬがオバマやクリントンみたいな颯爽とした指導者であってほしい。
新興国富裕層が日本を変えるというクローズアップ現代の中の話は面白かった。

先進国での日本離れの危機感が一方である中で、いかに世界の国々の日本ファンを増やすか、外務省でもいろんな努力をしているようである。

かって日本は、その高い生産管理力やトヨタ方式などに代表されるコスト競争力で質の高い商品を安い価格で提供する戦略で世界の市場を牛耳ってきた。

ところが最近は、世界のソニーなども韓国に追われたり一時評価を落としたこともある。更にIT時代に突入して、日本の世界での位置づけも先進国では後退を余儀なくされている。

そんな中で、新興国の富裕層が日本独特の価値ある商品を見直しているというのである。
それらは、日本の工業力もさることながら、日本のホンモノの価値、本場の価値を認めだしてそれに見合う対価を払うそんな風潮があるという。

幾つも例を挙げていたが、
和牛の肉の品質、確かに世界でこんな牛肉が存在するのは日本だけである。
世界のお金持ちは、日本と違って金持ちのレベルが違うのである。
マグロのトロなどもその味は格別なものだろうし、日本食のように繊細に美しく美味しく料理する文化を世界は持っていない。

そんな日本の食文化が認められてきたと言う。

北海道で今まで、10000円の昼食を出す店はなかったが、今後何軒かがいい素材を使って自信を持って10000円の昼食を道内で提供しようと言うのである。
納得できる質のものを如何に高く提供するかと言う新しいコンセプトに挑戦する。

信州白馬村のオーストラリア観光客誘致戦略もリピーターや口コミに乗る広報戦略を駆使して村全体がヨコに連携した発想で取り組んでいる。北海道でもそうだが、オーストラリアにはないパウダースノーをウリに如何に満足を高く売るか、「値上げの努力」をする逆転の発想が面白い。

これが主流になるかどうかは別にして、究極の差別化戦略である。
いかなるものでも「差別化」は戦略の基本だと思う。
橋下さんになって俄然大阪が注目されている。

今朝の朝日の社説も「大阪の沈没は救えるか」と題している。

私は直感で『大丈夫救えると』思って、応援するスタンスである。
就任以来、ほんの僅かの間であるが、間違いなく変わった。
新聞の論調もそうだし、評論家を自認する人たちの論調も鋭さがなくなってきた。議論を挑んでみても分が悪いのである。

朝日の論調も、少し穏やかである。

言葉の軽さを云々しているが、言葉は少し変わっても橋下さんの基本的な態度は変わっていない。
言葉の軽さと言うが、対応の柔軟さと言ったほうがいい。
前例のないこと以外は、決まっていること以外は、微動だにもしなかった府政がこうも動いているのである。

言葉の軽さなど気にすることはない。
自分の思うことをゴールに向かって仲間とともに突進するラグビー精神を忘れぬことである。
口先だけ動かして行動の伴わない評論家など気にすることはない。

行政の長は実務を背負っているのである。
どうやれば動くか、その1点に絞って、走って欲しい。

橋下徹。
久々に応援したくなる威勢のいい若手が現れた。

ジェロの演歌

私などの年代は演歌とともに生きてきたとも言える。
少年時代は軍歌で育った。「ドレミファソラシド」が「はにほへといろは」と習った。

戦後「赤いりんご」「青い山脈」などが大流行で、美空ひばりは笠置まり子のモノマネでデビューしたなどということが、ちゃんと解っている年代である。

演歌全盛の時代に演歌とともに生きてきてその後いろんなスタイルの新しい歌が出たが、みんな乗り遅れて演歌の衰退とともに現在に至っている。

そんなところに、突如としてジェロである。
毎日、テレビに出ない日はないほどの人気ぶりである。
日本語も綺麗だし、歌が上手い。これは紅白当確と言っている。

日本人の血も引いているというが、容貌がかっこいい。
こんなスタイルで、ビックリするほどの上手い演歌が聞けるのが受ける要素であろう。

夕方のテレビでは、演歌の起源なども言われて、演説に対する演歌だなどと言っていた。
それは流石に知らなかったが、演歌が復活するのは大歓迎である。

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