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rfuruya4

Author:rfuruya4
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『重工、造船 脱「縦割り」』と言う記事が、昨日の朝日に載っている。

『自社の持つ複数の技術を組み合わせ、新しい環境エネルギービジネスを産み出そうとする動きが、重工、造船各社に広がりだした。
温暖化対策が活発化する中、業界にありがちな組織の縦割りの壁を破って総合力で勝負する。』
と記事には紹介されている。

『川崎重工業は、10月に船舶、油圧機器、プラント機械の3子会社を本社と統合する。独立採算制を掲げ、分社化したが、新たな環境ビジネスを提供するために、技術や人材を再結集する。』と書かれている。


実は、川重のこの話は、私は新聞情報ではなしに、
潮流、海流発電の『ノヴァエネルギー』の鈴木さんに、
『川重の3つの部門が統合されて、潮流、海流発電のために、組織変更されたみたいだ。』
などと神戸新聞の記事を読んで喜んで伝えてくれたので知ったのである。
これは一般のかたの素直な感想なのだろう。



確かに、今後の環境エネルギー事業は有望である。
だから、『主力事業』として捉える、これはいい。

3つの部門を統合して、総合力を発揮する。
「?」ほんとに部門統合したら、総合力が発揮されるだろうか?
それがホンネの理由なら、ちょっと発想が単細胞過ぎないか。
折角、分社して独立採算制を採り、いい経営成果を挙げているものを、
わざわざ重たくするような統合がほんとに効果を発揮するのだろうか?

単なる「3社統合」をして、少し大きな子会社にするなら、まだ解るが、
それを川重本社自体と『統合する』と言うことになると、
単純に総合力の発揮とか、『縦割りの弊害除去』などの表面上のきれいごとではなくて、
もっとほかの、サラリーマン独特の『思い』が裏に見られるような気がしてならないのである。


サラリーマンが権限が出来たときに、誰でも最初にやりたがるのが『組織変更』である。
事業機能の効率化を図るために、組織変更をするのも確かに一つの方法である。
然し現実には、ほんとにそれはその目的どおりに機能することは意外に少ないのである。

新しい機能の組織を新しく作るのなら、よく解るが、
今まであるものを単に統合するだけでは、あまり中身は変わるはずもない。
同じ仕事でも、子会社の肩書きより、少し大きな本社の肩書きの名刺のほうがいいと言うような気持ちが若し少しでもあれば、ダメだなと思う。

また、本体の利益がもう一つだから、業績のいい子会社を取り込もう、
これも解らぬではないが、対策としては、もう一つである。

一番の問題は、新聞記事にあるように、
『タテ型の壁』が一つの部門に『統合することにより改善される』と思うのは、
これは『錯覚』以外のナニモノでもない。


発想の転換をして、仕事のやり方を根本的に変えない限り、『タテ型の弊害の除去』などは出来ないのである。
これは『体質の転換』を意味していて、ちょっとやそっとでは動かないものである。

造船重機という重い体質から、少しは『柔軟な柔工業』になったかなと思ったりしているのだが、
その中枢を支えた汎用機事業が今ちょっと苦しくて、元の『重工長大』の体質へ逆戻りの道を歩くのは、これは時流への逆行だと思っている。
その汎用機事業も、川重の中枢に量産事業がわかっている人が少なくなった現在、子会社として独立したほうが、川重の中にいるよりもいいのではと、ホンネで思っている。
成績の悪い今のほうがそのチャンスだが、果たしてこの数年よかった時期に販社の体力をどのように維持しているのか、或いは本部に吸い上げてしまったのか?
このアタリが二輪事業のキーなのである。

今の、価値観も何事も多様化した世の中の経営は、単純明快な解はないのだろう。
朝日の記事は、いかにも単純明快すぎると思った、記事を読んでの率直な感想である。


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これは、確かに凄いバイクです。

バイクやさんで見つけたわけではありません。
三木のNPO The Good Times の団体会員さん、『cafe'かのん』さんのブログの中で見つけたのです。

昨日は早速、NPO The Good Times のブログの中で、60おじさんのブログなどとともに、先にご紹介はしたのですが、

ちょっと、面白いバイクなので、バイクファンの読者の多いこのブログでも、
1日遅れですが、ご紹介することにしました。


cafe'かのんさんは、今年の春オープンしたばかりですが、三木の細川の田園のなかに、写真のようなとても都会では味わえないいい雰囲気を持ったcafeです。
奥様は、4月までは三木市役所にお勤めでした。
さるとるさんの先輩に当たります。
さるとるさんのこのブログでのご紹介で繋がりました。

マスターは鈴鹿サーキットのバイシクル耐久を走るほどの自転車マニアです。
自転車のお客さんもあるようですが、ツーリング途中のバイクファンもお客には多いようです。




cafe'かのんさんのブログ『かのん珈琲物語』には、こんな写真とこんなコピーで紹介されています。


ところで、三木の緑が丘から、吉川を抜けて神戸フルーツフラワーパークに通じる道には、
風雅舎三木セブングリーンピア三木、cafe'かのんとThe Good Times の団体会員さんが繋がっています。
この道を勝手に『The Good Times ロード』と呼んでいます。
12月からは、神戸フルーツフラワーパークは、グッドタイムスカードで入場料は10%割り引きです。KAZE会員も同じです。

一度走って、cafe'かのんも覗いてみてください。
きっと気に入ると思います。
あなたのバイクがmブログに載るかも。



このバイク、もっと詳しくご存知の方居られましたら、
コメント欄にでも追加説明をどうぞ。


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事業仕分け

今話題の事業仕分け。
連日、テレビの中心話題として登場する。

下がりかけた鳩山内閣の支持率が、事業仕分けの人気で持ち直したとも言われている。
見ていて確かに面白い。テレビはさわりの部分ばかりを写すので余計に面白いのだと思う。

既に実況中継も出来ていて見てみたが、テレビのようには面白くもない。



昨日あたりは、スーパーコンピューターの話から、科学技術の話に広がって、有名な先生たちが猛反対だったが、この先生方も事業仕分けの全部を見たわけでもないのだろう。

いずれにしても、こういう議論は、そこに現われた部分だけでの議論になって、本質を見誤ってしまうこともあるのではなかろうか?

単なる、仮説、想定の域をでないが、
科学技術などの分野は大事であることは勿論だが、あの予算の総額には、それに関連する建物や、関連する天下り先などのトータルの予算は総括としては入っていないのだろうか?
もし、そんなものまで入っていたら、それは便乗予算で、多分『甘い』こと間違いないのだろう。

全ての1時間の議論を見ないでの論評は、ひょっとすると当を得ていないかも知れない。
でも、現実はそんなことは無理だから、現状も止むを得ないのか。


この事業仕分けは、構想日本が産み出したものである。
そのホームページの『事業仕分け』はこのように説明されている。

そして、最後に、
『仕分け作業で出た結果はあくまで参考材料であり、拘束力はありません。
最終的にその材料をどう料理するかは、首長、議会の責任だと考えるからです。

ただし、議論の中で出てきた論点についての再考や、結果がその後の庁内議論を経てどのように対応されたかを、公表することを義務付けています。』
と説明されている。

この構想日本の代表の加藤秀樹氏は元大蔵省の官僚出身である。
予算の策定経緯を熟知している人が、
『当初は行政改革を目的としてスタートした。』のだそうである。


2002年にスターしているので、今までも相当の実績を上げているのだろうが、
今回一躍有名になった。
いろんな意味でよかったのではないだろうか。


『構想日本』とは、ちょうど1年前にこんな形で出会っている。
ちょっと、入会も考えたが、年会費1万円で正直躊躇してしまったのを覚えている。




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いい夫婦の日

11月22日は、『いい夫婦の日』だそうである。
車の中のラジオを聞いていると、しきりにそう言っていた。

何でも語呂あわせで『バイクの日』でも『お肉の日』なども作るので、
あって当然と言えるだろう。

『いい夫婦』とはどんなのが、一番なのだろう。

夫婦は、夫と妻の両方で成立するのだが、その役割というかイメージも随分と変化したものだと思う。

日本の夫婦観も、昔とは随分と違ったものになってきた。
最近は、特に『妻』の役割も変わってしまったような気がする。
『家内』と私はいつも書くが、最近は『家内』など死語に近い。
家の内などには居ないことが普通である。



私など、自分ではそんなに考えが旧いとは思っていなくて、
新しい発想などにも柔軟に対応していけると思っているのだが、
昨今の男女同権から、更に進んで、男も女も何もかも一緒というような生活態度だけは、
正直もう一つだと思っている。

男と女はやはりそれぞれいいところがあって、
単純に言って男が外で働き、女が家を守り子供を育てるというのが、自然だと思っている。
なぜ? と言われても特に理由があるわけではなくて、そのほうがいいと思うのである。

夫婦共稼ぎが普通の世の中にはなったが、
子供が学校から戻って『ただいま』といった時に、『お帰り』と迎えてくれる母親が居たほうが、少なくとも小学校時代はいいと思うのである。
女性も社会で立派な仕事をされるようにはなったが、『子育ても』それ以上に、大事業だと思うのだが。


結婚して、もう48年目になるが、家内はずっと専業主婦であった。
旦那の稼ぎだけでは、そんなに裕福でもなかったと思うし、家のことは全て任していたので、大変だったと思う。

二人の子供たちは、それを見てどう思っているのか、聞いたこともないが、
娘も結婚して直ぐ会社を辞めて、専業主婦で3人の子供を育てているし、
息子の嫁も何故か、専業主婦であった。
こんな『夫婦』は最近は、珍しいようである。




それが『いい夫婦』かどうかは別にして、これもラジオで言っていたが、

アンケート調査による理想の有名人夫婦は、
40~50代の圧倒的な支持を集めた三浦友和・山口百恵夫妻が4年連続でトップだったそうである。

なぜ、圧倒的にそうなのかという理由に、女子アナが、『山口百恵が家を守って外に出てこない』というようなことを言っていたのが、不思議にさえ聞こえた。



人の生き方、人生の過ごし方は、いろいろあるとは思うが、
この歳になって、何となく思うのは、
現役時代、一生懸命やってきた仕事も、今振り返ってみれば大したことではなかったのかも知れない。

ちゃんとした、子どもを残し、その子どもたちがまた、また『いい孫』育てて、
次の時代に引き継いでいけることのほうが、会社の仕事などよりは、
『よほど大仕事』のような気もしている昨今である。

若い理論家の、人たちの反論にあいそうで、自信などはないのだが、
何となく、そう思った。
自分はそうしないが、『そうすることが理想』と思っているのだろうか?


写真は、三木の伽耶院の紅葉である。
自然は、昔から変わることなく、同じことを繰り返しながら、少しずつ大きくなってゆく。
自然のほうが、賢いのかも知れない。

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『卒業した学校がなくなってしまった』

あまり普通では経験しないことである。
私は、実はそんな数少ない経験を持つ一人である。
戦前、今の韓国のソウルにいて、小学校、中学校はソウルにあった。
終戦の8月15日を以って、突如学校は閉鎖されてしまったのである。

日本に戻ってきて、桜ヶ丘小学校の同窓会なども開催されたりしているが、
決してメンバーは増えることのない減る一方の寂しい同窓会なのである。



少なくとも、学校、教育というものはある理念に基づいて設立され、
そこではモノを作るのではなくて、『人』を育ててきたはずである。
単なる、工場閉鎖などとは、全く次元が異なる問題なのである。
それゆえに、設立には厳しい審査があり、工場やショールームのように簡単に建てたり作ったりは出来ないのである。

残念ながら、
『カワサキライデングスクール』が突如として、閉校になってしまった。
そうなるという話だけは、私の耳にも入っていた。
なぜ止めるのか? その理由を定かに聞いてはいない。

今朝、KMJのホームページを見たら、どこにも何も掲載されていない。
『カワサキライデングスクール』で検索すると。

こんな閉校のお知らせが現われた。

なぜ、止めなければならないのか、1行の説明すらない。
川崎重工業というちゃんとした会社の系列企業としては、その対応や心遣いがとても十分とは言えないと思う。

止めたらダメだと言っているのではない。
止めるなら、ちゃんと止めることに対して、卒業生を始めお世話になった方への礼儀というものがあるだろう。
どこかに書かれたそんな文章を、私が見逃しているのかも知れない。

つい先日までは、こんなサイトを掲載していたのである。

そこには『交通安全はカワサキの願いです』とあり
卒業生のこんなコメントが紹介されているのである。





それにしても
カワサキの二輪車事業に対する安全運転とはいかなる位置づけなのか?
企業の社会的責任をどのように思っているのか?
単にモノさえ売れて儲かれば、それでいいのか?
など、一般の疑問点に応える姿勢が必要であろう。

それでもなお、撤退を余儀なくするほどの理由があるのだとは思うが、
やはり『残念なこと』ではある。



なぜ、こんなことを書いているのか、

実は私のmixiに カワサキライデングスクールの卒業生の方から、
1週間ほど前から、こんなブログのコメントが何回かに分けて届いているのである。

『はじめまして。雑感日記のリンクからこちらにたどりつきました、
カワサキ超初心者です。(バイクも購入したことがない免許取り立て30代です。)
足跡帳がないみたいだから、かわりに書かせて頂きます。
僕もカワサキライディングスクールで9月にとったばかりなのです。
僕の、先祖代々のお墓は明石の林のへんでして、それで、子供のころから川崎重工の明石工場は圧倒的な存在感があったのです。
いまのところ、ライディングスクールやショールーム閉鎖の件は、いったいどう受け取ればいいのかわかりませんが、きっと良い方向に向かうと信じてます。

ショールームとスクールの件、しつこいようですが、残念です。
もうすぐDトラッカー125ccやklx125ccが発売されれば、小型二輪免許をスクールで取りたい人もいるでしょうし。この2台、本当に若い女性にも受けそうで
せめて、、、、あと半年、待って』

こんなブログのコメントが何回か続いたと、更にメールが届いて、マイミクになって頂いたりしたのである。


卒業した学校がなくなってしまうことは、
そこで学んだ自分の全てを失ってしまうように思えるものです。
是非、そんな人たちへの気持ちだけでも大事にしてあげて欲しいと思います。

この学校の初代の設置者を務めたものとして、
こんな想いの卒業生や関係者の方に、心からのお礼と
今後のカワサキに変わらぬご支援を願いたいと思うのである。
非常に複雑な想いというのが実感です。


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7月にスタートしたNPO The Good Times も4ヶ月経って、第2段階を迎えている。

今週は何かと、結構忙しい。
昨日、こんなブログをアップした。

NPO自体は、何にもしないのだが、会員さんが結構いろいろと動いているのである。



今日は、東京から大和屋嘉平さんがやってくる。
ご本人の趣味が昂じて、こんな商売もどきのスケールになっているのである。

一言で言えば『模型』だが、なかなか本格的で結構な値段なのである。
世の中にはいろんな趣味の方がいて、ミニSLなどもその一つだが、こんな模型もそれが商売になるほど、いろんな方が居られるようである。

今回はそんな模型の中から、船のマニアを集めて神戸フルーツフラワーパークのプールで浮かべて走らそうというイベント企画の打ち合わせなのである。

そんな模型にもいろいろあって、

この船で47400円と結構高いなと思っていたら、


この船になると269300円もするのである。


船の値段はともかく、神戸フルーツフラワーパーク(ちょっと変わったリンクですが、私のブログ幾つも紹介されています)と大和屋嘉平さんを繋いで、こんなイベントをすれば、人も集まり神戸FFPは、入場料も入るし、船を浮かべて走らせる人は沢山のお客に見てもらって満足するのである。

あのミニSLフェスタとよく似たコンセプトである。

そんな打ち合わせを、神戸FFPの『ぼっけもん修さん』となさるのがメインの仕事だが、
NPOの事務局長のカバン屋さんも参加して、今後の関東地区の運営方針や、カバン屋さん自体のNPOの来年計画も一緒に検討することになるだろう。

検討といっても、話題はあちこちに飛ぶ雑談になることは間違いない。


先週は『雷神マッハ』さんがこられてのオフ会であったが
明日は、多分忘年会か新年会のオフ会の話題も出るだろう。

スタートして4ヶ月、面識も出来、何となく気心もお互いに解って、ホンネの話が出来る段階になってきた。

こんな遊びの話だけではなくて、
先日来、神戸フルーツフラワーパークの事業計画に関する『年間移動値』のことなど、具体的な資料も持っていくように準備している。

果たしてどんな1日になるのだろうか?
10時22分新神戸駅煮大和屋嘉平さんを迎えて、それからスタートである。

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もう直ぐ三木の市長選挙が始まるようである。
現市長の薮本さんに対抗馬が現われたのである。
どんな選挙になるのだろうか?

選挙そのものは、あんまり好きではなくて、今まで誰を応援するなどは一度もしたことがなかったのだが、
3年前の三木市議選に勝手に自分で決めて、当時28歳だった米田和彦君に1票を投じたのである。

3年前の2月のことである。
ひょんなことで、ブログで彼の存在を知ったのである。

その彼の最初のブログがこれである。

全然面識もなかったのだが、
小野高サッカー部出身、選挙費用確か15万円、ブログをやっている。
などに興味を惹かれて、頼まれもしないのに応援する気になたのである。
選挙を応援するのではなくて、もし通ったら応援しようと思ったのである。
選挙には、私が1票を投じただけで、誰に頼んだわけでもない。

ただ、彼のブログには、
こんなコメントも送ったりしたのである。


彼の選挙運動は、自転車で走って街角に静かに立つという、従来の選挙運動とは全然異なってじゃいたが、ブログだけは禁止期間を除いて続けられ詳細に選挙への思いや行動が述べられていた。
多分当選はダメだろうと思っていたのだが、当選したのである。ブログの力だと思っている。
当選後も『市民力』一人派閥で頑張っていて、
当選後は、市会議員というよりも、『トモダチ』として、いろんな面でずっと付き合っている。



今年は、三木市長選がもう直ぐである。
4年前と違って関心だけは、『大いにある』のである。
米田君のときと同じように自分の1票だけは、自分で決めて投票しようと思っている。

まあ言えば、選挙応援はするつもりはないが、ブログの内容でそれが応援になったりするかも知れない。

どなたでも、三木以外のどこの市長さんでも、そのスタンスに共感できたらネット上で応援してきたし今後も応援していこうと思っている。
事実、武雄三条や、箕面などの市長さんや、特に武雄の方は市民の方とも、ネットの世界で繋がっている。

みんなネット上のブログでの繋がりで、
従来の後援会のようなタテ型組織の応援やつながりとは全く差別化された、
公明正大な支援状態を自然に構成しているのである。

こんな選挙権のない、直接利権などに絡まない応援や、繋がりは非常に面白いと思っている。
NPO The Good Times などの『ネットを中心とした繋がりの仕組み』を思い立ったのも、
ネットの世界だから可能な、新しい社会の仕組みが成り立つ可能性を、ブログの世界などで発見したからである。

行政の世界にも間違いなく通用する新しい考え方だと私は思っている。
だから、端的に言えば、ブログで情報発信する市長さんであって欲しい。
もし、そんな方が市長になられたら、三木の市民のブログたちも、より一層輝きを見せるだろう。

昨日は、新しい候補者のホームページを見つけて、
こんなブログを書いた。

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『オバマ大統領の演説を聞いたが、格調の高い、感動的なものだった。』と
自民党の中川秀直氏がそのブログの冒頭にそう記している。

率直な短いセンテンスを繋いだ、オバマ流のスピーチは英語で聞いても、その意味がチャント解らなくても、伝えようとしている気持ちや心は伝わってくるそんな不思議な力を持っている。

それは日本語に訳されても同じように心地よい響きを持ったものであった。
人の言うことは、まず疑わずにその通りに聞くことを信条としているので、
このオバマ演説は非常に感銘深いものであった。

自民党の河野太郎さん
山本一太さん、たちは立場上からか、やや冷ややかな反応である。

逆に、
鈴木宗男さんや、
原口一博さんは、べた褒めである。


政治の世界は、半ばだましあいで、信じてばかりでは騙される、と裏からヨコからその表現を論評する人も多いが、
オバマさんは何となく、そんなにウソのない自分の想いが率直に言葉に出る政治家のように思う。

黒人のアメリカ大統領が初めてであるのと同様、多民族国家のアジア系大統領も始めてである。
何となくヨーロッパ系の白人たちは、黒人や黄色の人たちを一段下に見る風潮があるのは、事実である。
そういう意味で、オバマさんの言う『対等な関係』はそのまま、その意思は信じてもいいと思うのである。

ただ、世界をリードするアメリカ大統領の発言であるから、当然重みもある。
実現あってこそ、本当の評価に繋がるのだろう。
『核のない世界』も『アジア重視』も、
もっと具体的な課題の、『中国問題』も『普天間基地の問題』も『北朝鮮対策』も
その現実的な実現が早期に望まれるのであろう。


私は、まず信じて、期待したい。

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私の昼寝とラブ

今、午後3時である。
2時前から久しぶりに1時間ほど昼寝をした。
寝不足が取れて、何かシャンとした感じである。

この2,3日、ちょっと睡眠不足気味であった。


家には、16歳の柴犬ラブがいる。
2年前まではトムもいたのだが、ちょうど2年前に亡くなって、今はラブだけである。
犬は1年に人の4倍も歳をとると言うのだが、ここ1,2年何とか元気だったラブも、この夏ごろからめっきり衰えて、秋口からは散歩にも行けなくなってしまった。

家の中をただうろうろしているだけだが、
夜になると、2時間おきぐらいに起きて鳴いたりするのである。
そのたびに、外に連れ出して小便をさせたりして、夜がじっくりん眠れていないのである。



人間でいう睡眠薬でもないものかと、今朝お医者さんに連れて行って診て貰ったのである。

『昼はよく寝ますか? 昼は出来るだけ起こしたほうがいいのですが。』
『お尻の近くにポリーブが出来ています。このためにおしっこやウンチが近く、頻繁になるのですね』
その通りなのである。それで家の直ぐ近くを頻繁に散歩させねばならないのである。
『犬の睡眠薬と言うのはありません。鎮静剤はありますが,効くかどうかはよく解りませんが、犬によっては効く犬もいます。』
と仰るので、その鎮静剤を10日分ほど貰ってきた。

『1日に2回、12時間空けて飲ましてみてください』と言われたので、朝の10時に飲まして、それから私はプールに泳ぎに行ったのである。


昼前に、家に戻ってきたら、大人しく寝ていた。
ちょっと、薬が効きすぎている感じである。
今も私の直ぐヨコで寝てしまっている。
この調子だと、夜飲ますのはどうしようかと思うぐらいである。



そんなことで、私のほうも昼寝して起きてきたところである。

犬は可愛いが、生き物には死がつき物である。
トムが死んだときも、その前のコロが亡くなったときも、
あんなに涙を流したことはないほど悲しかった。

モノが言えないので余計に可哀想なのである。
ラブも今どんな風に思っているのだろうか?
もう歳だからそんなに長くはないだろう。



今夜は、ラブどんな夜を過ごすのだろうか?

(昨日はあまりに大人しかったので、夜は薬を飲まさなかった。
一晩大丈夫だった。今散歩に連れて行って戻ったところである。
夕方に、飲ますことにする。)


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関西3空港問題

羽田のハブ空港化を前原さんが言って、では関空はどうなるのか?
橋下さんは、関空のハブ空港化に熱心で、伊丹を止めようと言っている。
関西にはまだ神戸空港もある。

伊丹については、橋下さんと井戸さんが激論を交したとか。
こんな話は、実際のところどれが一番いいのか、よく解らない。

ずっと昔、関空が出来る前に確か、神戸沖空港の話があったが、このときは兵庫県の知事が反対して、関空になったような気がする。
伊丹も騒音問題で、近隣の人たちはずっと反対だったのだのに、いつの間にかちょうどその頃と反対の意見になっているようだ。

そんなことで、世の中の考え方は、その時々でどんどん変わってゆくのである。
関西にハブ空港はあったほうがいいのは当然だが、関空はその立地が如何にも不便である。
この『地の利』というのは、どんな対策をしてみても、何年経ってもあまり変わらずに、どうも不便な空港というイメージは拭えないような気がする。


国家100年の計で言うなら、神戸沖にもう一度『浮島方式の新空港』を作り直して、現在の3空港を全部集約するぐらいのことのほうが、いいのかも知れない。

現在の関空は地盤沈下しているのは事実のようで、こんな現象は多分止まることはないであろうから、地盤沈下対策費で新空港などできるのでは?
などと思ったりする。


非常にムツカシイ話だが、
素人の発想で粗っぽく言うなら、世界各地の空港はどこでも、結構便利なところに位置している。騒音問題など言わないのだろうか?
街に隣接していて、そこに行くまでに何時間も掛るようなところは少ないのである。

バイクの世界などで、よく『生まれがイイとかワルイ』とか言ったりするが、
生まれの悪いマシンは、後で幾ら手を入れてもどうにもならないものである。

どうも関空も、成田も『生まれがイイ』とは決して言えないのである。

成田と羽田の両立などと言っているが、
客の立場で言えば、成田と羽田ならみんな羽田と言うだろう。

箕面の倉田さんが、そんな空港問題を取上げている。
市長さんでもまだよく解らぬと仰っているが、止めようという伊丹が唯一大幅な営業利益の空港だというのも皮肉である。

こんな大きな話は、結局のところ正解などないのである。
使う人が便利だと思うところに、人は流れてしまうものであ
人が集まれば、自然と利益は生まれるのだろう。

そういう意味では、伊丹の43億円の営業利益は、便利だという証しなのかも知れないが、
伊丹の拡張は、無理だから3つとも止めて神戸沖の大阪からも神戸からも便利な立地に浮島方式の大空港を作るのが、一番簡単で正解のような気がする。

今の3空港は、どれも将来性がない。
お金など少々掛っても大丈夫である。地盤沈下対策を毎年やって追い銭を出すようなのが、一番問題なのである。

『もう一つ、新しく作る』 然し、コレは現実には、ムツカシイだろう。
田中角栄さんみたいな人が出てこぬと、無理である。

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この数日、長年携わったバイクの世界をもう一度思い出させてくれた、
そんな環境の中にいた。
少なくとも、ここで出会ったバイクのプロたちの意見は、非常に前向きで明るいものであった。
そんな雰囲気の中にいるだけでも、楽しいものである。

バイクは楽しい遊びの乗り物である。
生活必需品などではないのである。
ベースに絶対に失ってはいけないのは『遊び心』なのである。
どうもその辺りが、昔に比べて希薄になったのではなかろうか?


土曜日に、出会った平井さんが、そのブログでこんな風に書いている。

そのブログのコメントに、今年は『チームハラダ』を鈴鹿で手伝った春さんが、

『そのとおりですね。今年は、「ひょこむ」の縁がありまして、カワサキプライベーターのレースのお手伝いをさせていただきました。
が.....タイヤサポートも、メインスポンサーも無くプライベーターにとっては、なかなか情熱だけではやっていけない時代のようです。
そんな中でも、お手伝いができ、また、私も素人ながら一緒に参加でき、楽しめる「レース」に興味が持てたので、これから、この下火になっている、レース界を再び盛り上げることのできる何かを見つけることができればと、考えています。』

とこんな、コメントである。
メーカーはともかく、末端のバイクファンは、至って健全な意見を持ち、元気なのである。
『日本のバイク保有台数は、350万台と過去最高のレベルにある。』
『新車が少し売れないだけで、二輪業界は結構面白い。エネルギー問題なども追い風である。』


昨日、今日と2日間、
雷神マッハさんともうお一人の関東のマッハマニアを明石工場にお迎えして、
夜はこんなバイク関係のメンバーでのオフ会、
翌日は、カワサキワールドを訪ねて、ぼけちんさんも加え、昼食をとりながらのバイク談義など、ずっと二輪の世界の中にいた。



明石工場で完成車の生産をすることだけが、二輪事業ではない時代に既になっている。
二輪事業とはどんな事業なのか? 今こそ新しい発想で二輪事業を捉えるべきだと思う。
新車は事業の中心ではあるが、特に事業損益のレベルでは、二輪事業のほんの一部なのである。
『ソレが全て』だと錯覚していないか?


ちょっと、従来の発想に捉われて、発想が固すぎるのではなかろうか?
Zでも、マッハでも、40年前の新車の頃よりも高い値段で、モノさえあればその頃以上に、売れる環境にある。
それをミスミス見逃しているという意見が、末端の市場をよく知っているプロたちの主流の意見である。

『メーカーでこんな旧いバイクの部品をもう一度、作りませんか?』
ユーザーたちの単純な願いなのである。

『型がない、アレがない』『難しい』 いろいろ断る理由を見つけるのは上手なのだが、コレは間違いなく『新しいビジネス』になるはずである。
新車を作るなと言っているのではなくて、ユーザーがホントに欲しているものに対応するのが新しい時代のメーカーの生き方なのだろう。

先日、ko-zaruなる30ccのバイクを作っている、ホンダOBのメーカーさんの佐々木さんに
『Kawasakiの1000ccか600ccのエンジン100台ほど、分けて貰えませんかね』と尋ねられた。 エンジン単体では売らない。
コレはよく解っている。
カワサキフランスが世界耐久でトップを走った頃の『マシンのイメージのクルマ』を再現』したいようである。

末端の価値観は、間違いなく成熟して、多様化しているのである。
今、供給側に求められているのは、単細胞な発想ではなく、末端の希望に柔軟に対応する姿勢と仕組みの創造である。


このマシン『EGLI』のエンジンは、ご存知の通りカワサキである。
エンジン単体でなく完成車を買って、エンジンだけを使うので、マシンとしては高価になるのだと思う。

ただ、そんなに高い車でも、大の男が3人熱心に車から離れないほどの魅力があるようである。
マシンとか、技術オンチの私には、なかなか理解できないが現実は、こんな様子なのである。

ただただ、完成車を作ってそれで経営しようという『メーカー』としての事業には、既に限界が来ているように思う。
本音で言えば、20年前の現役の頃から、そう思っていた。

明石の工場が、事業の主力なのか?
国内外の販社が、事業の主力なのか?
二輪事業とは、その両輪で成り立っているのである。
そして、その収益性は、その自由度と巾の広さから、間違いなく販社の収益性のほうが、圧倒的に高いはずである。

カワサキの単車事業には残念ながら、本社がないので、そんな経営次元の判断が検討されないまま、事業が展開されているのが、一番の問題点であると私はずっと思っている。
他社にある『本社機能』を持たぬまま戦えると思っているのだろうか?
工場がタイなど海外が主力になりつつある現状をよく見て、同じ機能の明石工場が本社であるような事業形態から、
リンカーンやタイのように、『工場は子会社である』という位置づけを、早く徹底すべきだと思っている。

『旧い部品を作ってください』というお願いの善悪はともかく、それを工場にお願いする形態が『おかしいのである』
『それが是か非か』をマーケッテングを通じて、主体的に判断する純粋な本社機能を造らない限り、『今後の二輪事業の発展はない』と信じて疑わないのである。

末端の二輪をよく解っている人たちの意見を聞いていると、そして末端の状況の実態を見ると、
1日も早く、二輪事業の中枢(本社機能)が、直接それらを感じ取る触覚を持った、経営次元のマーケッテング機能と、それに基づく経営次元の判断が成されるべきであろう。

20数年前の事業本部の企画機能も、販社の方向もそんな方向を目指していたはずなのだがーーー。

時代と経営環境の読みこそが、経営判断の鍵だろう。
経費節減などの改善などの数字的な対策では、幾らやってもダメだろう。
求められているのは『構造改革』で、『意識改革』こそが必要である。

末端のホントに解っている人たちの声に、耳を傾けて、『常識でモノを考えたら』正しい結論は直ぐ出るのに、と思っている。
そんなに、難しいことではない。

『新しい仕組みを構築すれば、直ぐ解決する』はずである。
『今時、努力で解決しようと試みる』ことは,ナンセンスである。
『生産』はともかく、『販売はどんな規模でも成り立つ』のが常識なのである。



昨日のブログには
今、台北に行っている、佐賀県武雄市の樋渡市長から『コメント』が
九州の小さな市の武雄でも、『行政の常識』を超えて、
台北にタイ原産のレモングラスを売る時代なのである。

時代は、動いている。発想の転換こそMUST。要は、『考える』ことである。
それが出来ない企業は衰退しかないのでは、と思っている。
この、2,3日改めて、こんなことを思った。

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不思議なご縁

人の出会いは、ひょんなことから

ひょんなことに発展するものである。

それを現代のシステムで受け止めてさらに『いい関係造りを』意図して

NPO The Good Times を設立した。



そんななかの『バイク関係』の仲間が集まった1日であった

こんな出会いで始まって

こんなオフ会で締めくくった、『いい1日』 であった。
昨日は、NPO The Good Times の運営委員会でした。

このNPOも、あまり世の中に存在しない『初めての試み』みたいなモノでしたので、
なかなか説明も難しく、理事さんたちにも理解してもらうのが難しいままに進んできましたが、
最近になって、やっと少し理解して貰えるようになりました。

吉川の夏祭りやナメラアートのお手伝い、潮流発電の応援や古代の窯のプロジェクト、など具体的な事例が続いて、具体的な活動になると『イメージが湧く』ようです。

このNPO自体は、『仕組みそのもの』ですから、何もしません。
NPOのメンバーたちが、具体的に動くと、NPOのシステムは上手く機能します。
『より上手く使うと』 『より上手く機能する』ように仕組んでいるシステムです。

ようやく幾らか、利用してみようかというムードが生まれ始めました。
そんな感じが見られる運営委員会でした。


メンバーの一人、kwakkyさんは、私にとって有力メンバーの一人です。
kwakkyさんの昨日のブログは、『緑が丘の今昔展』ですが、この年表はkwakkyさんの力作です。

kwakkyさん関連で、今、こんな緑が丘のお医者さんや車椅子ダンスなど、ホントに異種、異質なユニークなところの話もあります。
いつか、NPOの仲間になって貰えたらと思っています。



今日は、東京から雷神マッハさんともうお一人が、わざわざ関西にお見えになります。
川崎重工を訪ねてそれこそマッハのレーサーをご覧になりたいそうです。
折角の機会ですから、NPOの団体会員でもあるグリーンピア三木にお泊りで、バイク関係のメンバーたちでのオフ会もやります。
『古代の窯』のあるmiki ANNEX PARKの山田さんも、ひょっとしたら神戸fフルーツフラワーパークの『ぼっけもんの修さん』も来られるかも知れません。

雷神マッハさんのご紹介で、今関東は活発です。
先週も歯医者さんと、こんな新進デザイナーの方が、参加されました。

『The Good Timeに受け入れていただきました御蔭で以前より見識が広くなったように感じており皆様には感謝しております。
私の友人知人で賛同できる方を1地域 1業種の会員さんを集めたら、 面白い事が出来るのでは?と考えています。 いわば私の野望です。』 とメールを頂いたりしています。



雷神マッハさんとの出会いのきっかけは、昨年の12月19日ことでした

ちょっと長いですが、お読み頂ければネットの面白さがよく解ります。
雷神マッハさんの『お礼のコメント』も載っています。

それから半年以上の空白があって、今回のNPOの関係で繋がりました。
そして、今日、明日三木や明石でご一緒します。

ホントに不思議なご縁だと思っています。
今後、大きく発展する予感を持っています。


今日は、お昼に川重明石に伺います。
営業の方、カワサキモータースジャパンの方、よろしくお願いします。

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11月4日、今年最後のZ1会ゴルフが、三木セブンハンドレッド倶楽部で行われた。

最近は、ゴルフの回数もめっきり減って、年に10回も行かないのではというようなことになってはいるのだが、
このZ1会の年4回のゴルフは、今のところ皆勤である。

ゴルフ場が家から10分ほどと近いし、何よりもメンバーが素晴らしいのである。
段々と歳を取って休会する方も出てきたが、総勢60名以上、好天に恵まれ今回も盛会であった。




今回のメンバーは、
72歳になったので、年72回のゴルフを目標にしていると言う永友節ちゃんと、
今年後期高齢者の仲間入りをした、元レース監督やKMCの社長などして、現役の頃からよく付き合った百合草さん、百合ちゃんと、
Z1会最年長80歳の井手哲也先輩である。



みんな70歳以上で、会のルールでもゴールドティーから打つことも可能なのだが、80歳の井出さんが後ろから打とうというので、白くいからの若い人と同じティーグランドである。
ここは、池の前100ヤード以上も前から打てる高齢者優遇のドラコンホールなのだが、後ろから打っているのが井出さんである。

最近は、スコアに拘らない楽しいゴルフがモットーなのだが、
永友節ちゃんが優勝、私もひょんなことで2位に入れたりした。



井手さんとご一緒するのは、はじめてである。
一度お聞きしようと思っていた、カワサキの昔のレースのことをお聞きした。
カワサキのレースの初戦は1963年5月19日兵庫県青野ヶ原のモトクロスということになっている。工場の人たちが初めてレースに参加したのは間違いなく、青野ヶ原が最初である。


何となく、ホントに何となくだが、
もう少し前からカワサキも、レースに参加していたのではないか?
それにもし関係した人がいるとすれば川崎航空機では井出さん、
カワサキ自販では故小野田滋郎さんだと、私は思っているのである。

その理由は、井出さんは『三吉一行君』をよく知っていて可愛がっておられたのである。彼は元々ヤマハで三橋実君などとともに東京スリーホークスのメンバーだった。カワサキにも一時関係はあったが、彼を知っているというのは、青野ヶ原より前ではなかったのか?
『新明和にレースのプロ見たいな人がいたでしょう』
『いたな、名前は忘れたけど』
三吉一行君のリンクの写真の『富士の朝霧高原のレースも懐かしいな』
こんな会話が出来るのも、もう井手さんぐらいになってしまった。
残念ながら、正確には覚えておられなかった。

小野田滋郎さんは、青野ヶ原で大勝したとき、
今までレースに反対だった部長さんたちが競って記念写真に納まる様を、
『今までの苦労を知らずにーー』と言われたのである。
三橋実君をヤマハからカワサキに連れて来たのは、間違いなく小野田さんで、
青森であったレースのときである。
青森の八戸や厚木や九州の米軍基地の周辺から日本のレースはスタートしている。
その青森のレースなどは、多分青野ヶ原より前だったような気がするのである。



パーティーはいつも和やかである。レース関係メンバーは半分ぐらいもいるのだろうか。
立って話をして居られるのは大槻会長である。
ちょっと解りにくいが、なぜか一番末席にいるのがキヨさんである。
ウマのダントツ一番人気だったのに、期待にこたえられなかったからだろうか。
一番真ん中に写っているのは、世界一のカワサキフランスチームを率いた遠藤さんである。
その隣が、最年長の井手さん。 いつもイイ雰囲気である。

また、来年である。


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thiraiさんこと平井稔男さんは私と同い年です。

ずっとカワサキ単車のスタート頃からのメンバーで、平井さんより旧い人はもう少なくなりました。
彼が『カワサキの真打ちと言って憚ら』ないのもよく分かります。
もう、50年近いお付き合いですが、
今も、NPO The Good Times の理事さんで手伝って貰っています。
この週末も、一緒に運営委員会でお会いします。


そんな平井さんが旧い単車話を
『カワサキに想う』その1

『カワサキに想う』その2  

と連載しています。
私も知らないような話が出ているので、かいつまんでご紹介し、
知っていることは補足してみたいと思います。



まず『カワサキに想う その1』では


私は満州で生まれたせいか?(それは知りませんでした。私は朝鮮育ちです。)

私は、昭和28年に高校卒業して直ぐ、当時スターリン景気?に沸く証券界の日興証券に初任給12800円で就職したことに始まる。
(コレも初耳です。初任給12800円はビックリです。川崎航空機の初任給は、昭和32年で、12000円でした。)

野球部の親友が「親父がオートバイの問屋をするので手伝ってくれないか」の誘いで、
直ぐに辞めて月給8,000円の近畿メイハツ販売㈱(設立当初は㈱近畿モータース)役員5人の社員一人の会社に飛び込んだのである。昭和28年のことである。
 
丁度、川崎航空機工業㈱がホンダに対抗して製作した自転車につける小さな小さなエンジン(KB-1型60cc)を開発。
(当時の川崎航空機は戦前航空機のエンジン工場であったことから、いろんなエンジンやミッションなどを造ってはいた、エンジンメーカだったのです。)

オートバイの完成車の分野に参入すべく、昭和28年明発工業㈱を設立(今のKMJの前身である)した頃と同時である。
(メイハツ工業は川航からエンジンを買って完成車を作っていました。今のKMJは販社ですが、前身のメイハツはメーカーです。)
 
世界一のオートバイ発展の夜明けだったのである。



『カワサキに想う』 その2では


’60年から社長が高野行彦翌年から社名をカワサキ自動車販売㈱と改名、
(川崎航空機も当時4輪車の開発をやっていましたから、将来に備えて自動車と言う名にしたのかも知れません。ちなみにその4輪車のエンジン開発担当した一人はZのエンジン開発者のあの稲村さんです。) 

’61年に(代表取締役土崎英利に交代)
  ㈱目黒製作所との業務提携により「カワサキ号&メグロ号」の販売を初める。
(私は61年末から、単車営業に異動しました。ほとんど誰も単車の営業専門家は、川航にはいなくて、メイハツやメグロの人に頼っていた時代です。)

’62年にはメイハツメグロを吸収合併私も被害者の一人として明石工場4研に連れて行かれたのであります。
(その頃4研(第4研究所と言う戦前の川航の建物の呼び名です)にいた平井さんと初めて出会いました。兵庫メイハツの拠点でした。)

’63年に会社の販売体制の整備・お客様との緊密化を図る為、全国に120店あった「全国カワサキメグロ会」を「全国カワサキ会に改称」一層販売の強化を図ったのであります。
 
兵庫県はメーカーの地元であり、我々「兵庫販売課(課長松田与一)」が直接販売店に訪問する直需体制、私は主任としてテリトリーを但馬&淡路に担当相当頑張ったのであります。
成果あって’65年には豊岡営業所初代営業所長を務め、Mちゃん・ごっちゃん・クッしゃん・きょうちゃん・綿ちゃん(今はごっちゃンの愛妻)一人で回っていた但馬が5人体制の営業所にまで成長したのであります。
(この時期はカワサキの黎明期であったと思います。平井さん、こんな時期にもう所長さんだったのだ。 所員の一人ごっちゃんは今の東京のファイブテン、今はその息子さんの時代です。ごっちゃんはよく知っていますが、奥さんもそこに居られたとは知りませんでした。)

その間、’65年をピークにマシンも充実、社長も(神武・岩城、)
’66年ここでカワサキオートバイが生まれたのでした。


昔話は、年寄りにとって楽しい思い出話です。
でも、まだ平井さん、兵庫メグロの現役役員さんで頑張っています。

間違いなくカワサキの歴史を造った一人です。

詳しくは、是非ブログをどうぞ。

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単なるタレントであったころから好きだった。
何となくトーンが合うのである。

アタマがよくて、弁護士で当然博学なのに、強い運動部育ちで先輩に対する気の遣い方などがいいと思っていた。

大阪府知事に当選して、まだ知事にもなっていない時期に、
このブログに『大阪府&橋下徹氏』と言うカテゴリーを作って応援することにした。

第1回に綴ったブログがコレである。

昨年の1月30日のブログに、こんな風に書いている。
カンだけで、そう書いたのだが、結構当たっている。

『○そんな中で「収入の範囲内での支出」と言い切った。
これが出来る、出来んといろいろ騒がしいが、まずそんなことよりも、「明確に言い切った」ことに大拍手である。

○これで、方向、大方針は決まった。
そして、その言い方が極めて明確であり、やろうと意思が明確に読み取れた。
橋下さんは、これをやりきるだろうと思う。

○改革とは体質の転換である。
大阪を変えようと言う意識が、極めて明快である。

○リーダーに、確固とした方針と熱っぽさがあり、それをホンネで伝えれば、必ず追随する強い味方がいっぱいできる。そして、いつかそれは、流れになる。流れ出したら、さらに大きな流れになる。

○橋下さんの大局を見る目、視点の方向、スタンス、どれも間違っていない。
若いけれど、リーダーの資質、大丈夫である。大阪も全国区になるだろう。



それから1年半の月日が流れて、最近の橋下さんの周辺は、極めて賑やかである。

大阪府庁のWTCビルへの移転は、『買うのは賛成、移転は反対』とややこしいが、
多分、コレも移転の方向になるのだろう。

総務省の顧問にはなったようだし、
コレは流石に断ったようだが、郵政の社外取締役の話もあったようである。
今朝は『2045年伊丹新都心』の見出しで、伊丹空港廃港跡の構想が載ったりしていた。
流れ出しと、ホントに大きな流れになり過ぎてしまうのである。


大阪府庁の移転話について、先日船場の岡田康さんから、
こんなメールも頂いたりした。

確かに、いろんな意見があって当然である。
最初の頃のような単純な話ではなくなってきた。

今からが、真価の発揮どころと言うか、猪突猛進だけでは勤まらなくなってきた。
方向としては、応援したいと思っているが、調整も上手にして欲しいものである。


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